新刊書の原稿

九州の「月刊釣春秋」の別冊「トーナメンターたちの裏技」(H.11/12/5発行)へ寄稿した私の原稿内容です。


グレ釣りを始めたきっかけ

当時住んでいた、家のすぐ前が大河吉野川。
それも今話題になっている第十堰の1kmほど下流で育った私は、小学校低学年の頃から、誰に教わる事なく自然と釣りを遊びにしていたようです。
餌はミミズや田エビを自分で取ってきては、毎日のように前の川(潮入り川)へ小チヌやハゼなどを釣りに出かけていたものでした。
釣りとの出会いはそんな子供の頃。
―以来、高校卒業くらいまでは、合い間を縫って釣りを楽しんでいたようです。
徳島から離れて、大学から社会人へと進み、再度徳島へ帰って来たのは28才。

十年振りに波止でのチヌ釣りが始まります。
チヌ釣りからグレ釣りへと興味の鉾先が変ったのは、鳴門の波止でのグレとの出会いからでした。
チヌよりもグレのその馬力やスピードに驚かされてしまった、ということと、チヌよりも数がたくさん釣れる、というこの二点でまずはグレ釣りの虜になってしまったのです。

当時は生きエビや湖産エビの時代が終わり、 "白アミ" が出回り始めた頃。
そのマキエを撒けば、もう水面まで盛り上がるほどのグレの数。大きさは25cm前後だったものの、たくさん釣れたためか、しばらくは夢中になっていたようです。

余談にはなりますが、私の親父は当時に言われていた純粋の "阿波の磯釣り師"。
中学生の頃、大きなグレを釣ってきては息子(私)に持たせて写真を映す、というような釣りバカ親父。
私がグレ釣りの魅力に取り憑かれた背景には、多分父親のそんな影響もあったのでしょう。

トーナメントとの出会い

波止釣りに二年近く通い、もっと大きなグレが釣りたい、と思うようになれば、そうすると今度は波止から磯へと釣り場の転身です。グレの潮に対する敏感さを波止で少し覚え、その釣り方も少し理解できるようになった後の、いわば釣り人の自然な方向だったのでしょう。
磯狂いは次第にエスカレートし、その結果グレ釣りの何たるかを少し知れば、今度は他人との "釣り比べ" に精を出し始めたのは仕方ない事でした。
30才を少し過ぎた頃、徳島県釣り連盟に加入し、連盟の大会に参加し始めて、多分それがトーナメントというものの最初の出会いだったのでしょう。
年に何回か開催される大会に参加し始めると、もう "勝つ事" が目標となったのは自然の流れなのです。

33才で初めて出場した 「第一回ダイワ四国グレ釣り選手権」。
ビギナーズラックというものは恐ろしいものです。何も判らずに参加し、たまたまたくさん釣れたために優勝してしまい、今度は「第四回全日本王座決定戦」への参加資格を得られる、という巡り合わせになってしまいました。
田舎の一釣り人にとってみれば、何が全日本だ、と自分では少し醒めた部分もあったのですが、参加する以上は、"負けたくない。" の一心で望み、幸運にも優勝という、自分でも予期しない結果となってしまいました。

私のトーナメントとの出会いは、こちらから仕掛けていって、というのではなく、自然の流れの中でいつしか参加している、といったような状況だったのかもしれませんが。

トーナメントから教わった事

現在でもやはりトーナメントは、いわば釣り人の一つの自己主張と自己の存在感を示す登竜門。
結果的に私もそうしてきたのですから、これは今なお否定できない事実なのです。

―で、トーナメントから学んだ事は、まずは釣りの無駄な部分をできうる限り削ぎ落し、自分自身の技術を向上させる効用があるんじゃないか、と思っています。
釣りには無駄な部分が随分と多いものです。
例えば、サシエが盗られているにも関わらずいつまでも仕掛けを流しっぱなしにしておいたり、例えば、釣れないポイントをいつまでも狙い続けたり、といった事などが挙げられます。
限られた時間の中で、自分自身の知恵を振り絞って懸命になって釣らなければならない状況下では、そんな無駄は当然ながら許されないのですから。
そんな意味でも、その後数々のトーナメントに参加させて頂き、その度ごとに勉強になる事が随分と多くありました。

そこで私からの提案です。まずは、参加してみる、とにかく参加してみる。理由はどうであれ、どんどん参加しましょう。参加しない事には何も前へは進まないのですから。

トーナメントで釣るための基本姿勢とちょっとしたテクニック

現在、私がトーナメントで釣りを行なう時の基本姿勢は、まずは相手に勝つ事ではなく、自分自身が限られた場所と限られた時間の中で、いかに効率良く釣りを組み立ててゆくか、といったところにあります。
最終の目的は、相手よりたくさん釣り、とりあえずは目先の対戦相手に勝つ、というところにあるのですが、、、。

以前は相手には "とにかく勝つんだ。" という気持ちばかりが先走り、そのためにはどう望んだらよいか、などなどとばかり考えていました。結果的には、そういった感情が優先したのか、その当時は不思議とそうなり、その後の精神的にゆとりが少し出てから、また技術的には格段の進歩をしてから、というものは、全く勝ち残れずにはいるのですが、、、。

そこで、回想になるかもしれませんが、トーナメントで勝つためのテクニックの一つとして、まずは "とにかく勝つんだ。" という強い精神的な気持ちが必要なのかもしれません。
当時、私には 技術うんぬんよりも、"とにかく勝つんだ。" といった気持ちが優先していました。
そのため、非常に失礼ながら先輩方を半ばナメて望んでいたのです。
ナメるというよりは、どんな相手であれ、限られた時間と場所の中で、自分の存在感を相手に精一杯見せつけてやろう、そんな気持ちだったのかもしれません。
そのためか、相手の動きや精神状態、さらには釣り方までもが非常に良く見えていました。
これがまずはトーナメントに望む時の一番の特効薬なのかもしれませんがー。

まあそんな精神的な事はさておいて、現在も私はトーナメントに参加し続けています。
自分で言うのは少しあつかましいかもしれませんが、勝てないけれども釣り負けはあまりしていない、といった試合が多く続いています。
まあ勝っていないのですから負けは負けなのですが。

そこで、参考になるかどうかは皆さんに判断して頂くとして、トーナメントでのちょっとした自分自身の持っているテクニックを書かせていただきます。

トーナメントとは、文字通り勝ち抜き戦です。勝たなければ次の釣りへは進めません。
そのため次の釣りを行なおうとする場合には、限られた時間と場所の中で、きちんと魚を釣り、さらには相手より多くを釣らなければなりません。そのためにはどうするか、これが一番の目先の問題なのです。

そこで、先手必勝、相手より先に魚を釣る事を優先します。
先に釣れば、相手の動揺を誘います。人間動揺すれば、普段の冷静な釣りも少しは狂いが生じる、というものです。
−といった姑息な手段はともかくとして、要は短期決戦です。
マキエは普段より少し多く撒き、釣ろうとするポイントは二ヵ所よりは三ヵ所、と与えられた場所の中で広い選択を行ないます。
とにかく与えられた時間と場所を最大限に生かす事が大切なのです。
潮の変化している場所なら、磯際であれ、沖であれ、シモリの近くであれ、とにかくマキエという武器を最大限利用して、釣れそうなポイントすべてに仕掛けます。

釣りはまずは釣ろうとする場所が優先するのですから。

要は釣ろうとするポイントの読み違えをしない、という一言に尽きる、と思います。
そのためには、普段の釣りで、釣れるポイント、釣れないポイントの見極めの練習をきちんとしておく必要があります。

ポイント設定がきちんと把握できたなら、次に重要なのは、マキエです。
マキエの切れ目が縁の切れ目、といわれるくらいに、グレ釣りにとってのマキエは重要な意味を持っています。
そのマキエも普段の釣りよりも短時間で答を出さなければならないトーナメントでは、特に重要な意味を持ってきます。

以前、試合中にある名人が全く釣れなかった場所へ場所変わりをして、とにかくどんどん撒きました。その場所は餌にグレが敏感に反応して動く釣り場だったために、バタバタと釣れた事がありました。
その名人曰く、試合後に、「どうやって釣ったん?」 と。これなどはまさにマキエの効用だったのです。
少しだけ姑息な手段なのですが−。で、その後も何度かそんな場面に遭遇したものです。

場所(ポイント)、マキエの次は、対象魚だけを狙う、というテクニックです。
当たり前の事なのですが、グレが25cm以上という制限があれば、グレ以外の魚は勿論のこと、25cm未満のグレも外道です。
以前日振島で行われたトーナメントでは、グレに混じってアイゴがたくさん釣れていました。
当時の私はスレ針を使用して、何匹かは途中で外れる(バラす)ような方法を密かに行ないました。
その練習を前もって行なっていたのですが、これは非常に姑息な手段なのでお勧めはできません。

まあ私の卑怯な手段はともかくも、対象魚だけに目的を絞って狙う、という事の意味を、自分なりにきちんと考えて釣りを組み立てる事です。
そのための方法は状況にもよりますがたくさんあるような気がします。

その一として、マキエを撒くタイミングとその量です。
コッパグレが湧いて、特にその中から対象魚を釣り上げようとする時などは、マキエの量と仕掛けを入れるその二つのタイミングが特に重要となってきます。
コッパグレの中から少しでも大きいグレを釣り上げるにしろ、コッパグレを外して少し沖の深みを狙うにしろ、そんな時に一番効果的なのは、マキエ、という釣り人に与えられたグレに対する唯一の武器なのですから。

次に掛けの工夫です。
普段ならそこまでしない、というような、ハリスにガン玉5号を均等に五段打ち、またまた針の上に打つ口鉛、などなどと、その場でグレを手っ取り早く釣り上げる仕掛けに変化させる事も必要です。
何せ一日ゆっくりと釣る釣りではないのです。
少々不細工だと思われようが、少々姑息な手段だと思われようが、とにかく与えられた短い時間の中で、目の前にある海の、それもその時々のグレの就餌状況に合わせた、一番釣れる確立の高い仕掛けに変化させなければならないのですから。

王座決定戦では、ハリスにガン玉の数段打ち、口鉛などなどは私の常套手段でした。
七年ほど前の五島列島では、辺り一面に小アジが湧いて、全く釣りになりませんでした。
−で、重り3匁、ハリス20cm、というおおよそグレ仕掛けにはほど遠い仕掛けで、準々決勝戦へ進んだ事がありました。

けれども、現在の私は残念ながらそれほど仕掛けに対しては、以前のように敏感に変化をさせなくなってしまいました。
それは自分自身の釣りに対する、ある種の変なポリシーができてしまっているからなのですが−。

けれども仕方ない状況下で、どうしてもグレを釣ろう、と思った時には、やはり仕掛けの変化なくしては対応できない場合も多いのです。
釣りは釣れてこそ釣りだ、という一面性もあるのですから。

私の事はともかくも、与えられた状況の中で、とにかく最大限の努力と工夫を行なう、これがいわば釣りの基本なのです。
釣りの基本がトーナメントには数多く凝縮されています。参加し、実際に体験することで、それまで気がつかなかったような工夫やグレ釣りの多くのヒントが見えてくるのです。

その工夫の一つの実例として、掛けた魚の取り込み方法が上げられます。
掛けた魚を怒らせないように取り込む、この単純な事実は、次の魚を掛ける場合の非常に有効な方法となってきます。
掛けた魚が怒れば、その周りに集まっている魚は非常事態(?)を感じてか、しばらくは食いが渋くなってしまいます。
一刻を争うトーナメントでは、次の魚が食ってくれなければ致命傷とさえなるのですから。

けれどもこれは何もトーナメントだけに限った事ではありません。
普段の釣りにおいても、釣れる時合いはそうそう長くは続かないものです。
要は、釣れる時合いにいかに効率良く、そうして手際良く釣ってゆくか、特に潮に敏感に反応するグレという魚に対しては、この問題は決して無視できない問題なのですから。

一匹を釣った後に、次の一匹を釣り上げる計算をする、これはトーナメントでも普段の釣りでもグレ釣りをより楽しもうと思えば、全く同じ事なのです。
そうして魚を怒らせないように取る技術が身につけば、それまで取れなかったような大物だって取れる確立はウンとアップするのです。
とにかく釣りが上手になりたいなら、釣りを今よりももっともっと楽しみたいなら、決してトーナメントだけが釣りのすべてではないのですが、ぜひともトーナメントへ参加する事をお勧めしましょう。

最後にトーナメントに望むに当たって、一つ重要な事を書いておきましょう。

ダイワグレマスターズに五回出場してつくづく感じた事なのですが、我々いわゆるテスターと称し呼ばれている人間はともかくとして、一般から勝ち上がってくる人のほとんどが、残念ながらトーナメントステージでは自分の冷静な釣りができていない人が大半だ、という事なのです。

釣りは、まずは自分との闘いです。次には魚との。そうして最後には対戦者、となるのです。
普段の自分の持っている技術をそのまま出せば良い、と思うのですが、残念ながら、周囲の雰囲気に飲まれているのか、はたまた普段以上の釣りを行なおうとしているのか、とにかくとても釣りを楽しんでいる、という雰囲気は感じられません。(まあこれは慣れの問題で、仕方ない事なのでしょうが、、、。)

いきなりに、冷静に、普段の釣りを、とはいっても無理はあるでしょうが、まず一番重要な事は、雰囲気に飲まれない事。そのためには、事前にある程度競技会に対する免疫力を養っておく、という事が非常に重要な事だと思われます。
あらかじめ慣れておけば、それがいつしか普段の釣りの延長となり、そうそう雰囲気にも飲まれなくなるものです。
釣りは決して技術ばかりじゃなく、精神的な要因もトーナメント時には非常に大きく作用をする、という事を、どうしても覚えておいて欲しい事実として最後に書いておきましょう。