「細ハリスについての考察」

「食いを優先するか」、それとも「取ることに主眼をおくか」、という二律背反した命題は、グレ釣り師にとっては今だに大きな問題です。
食いを優先させ、そうして取る事に主眼をおく、などどいう矛盾したことはなかなか現実には難しいものですから。
一般的には魚釣りにどんどん夢中になり始めるにつれ、ほとんどの人はその釣り方ばかりか、使用する仕掛けもできる限り贅肉を落とし、道糸の太さやウキの大きさや重さばかりか針やハリスなども必要以上のモノを使わなくなる傾向がありますね。

俗に言われている釣りの “合理化” なのですが、その “合理化” がことグレ釣りのフカセ釣りにおいては、一番最初に行われ始めたのが徳島でした。
まずはグレ釣りにおけるマキエの重要性がいかに大切なものかが認識され始めた結果に、“マキエの切れ目は縁の切れ目”などと言われはじめ、必要以上のマキエは撒かないけれども、それでもマキエを撒く基本は “絶えず間断なく” 、などといった不文律も生まれました。

竿は仕掛けの操作がし易い効き腕で持ち、サシエはサラシの中で先行させて流し、仕掛けは絶えず張り気味に、そうしてサシエとマキエはどんな時でも同調させるように、などなどと先達の知恵は何十年も経った今もなお、脈々、綿々と受け継がれています。

そんな中でも特にこだわって受け継がれているのが、仕掛けのハリスの号数。

その一番の大きな理由は、連日多くの釣り人が押しかける牟岐大島などの釣り場では、魚も学習しているのか必要以上の太ハリスではサシエに見向きもしなくなった、という事実が挙げられます。

―と同時に、近くの釣り人よりもより沢山の魚を釣ろうという釣り人独自の下心も、釣り人に細ハリスを使用させる一つの大きな動機となったようです。

確かに魚釣りにおいては必要以上の用具は魚に極端に嫌われます。
嫌われる、というよりも不自然で見破られ易い、すなわちそんな結果がより釣り辛くなるからそれよりも細いハリスを使用した方が手っ取り早い、といったことでしょうか。

細ハリスの威力は、時として釣り人の技術以上に絶大な効果があるのも事実なのですが、そればかりかある一面では、1号で50cmのグレを釣り上げた、などといった釣り人にとっての細ハリスで大物を釣る、というある種の自慢を誇示するための格好のネタとなっている点も見逃せません。

釣り人は誰しも潜在的な部分では、他の釣り人に自慢を、換言するなら自己顕示欲を誇示したい、などと思っているもので、これは釣り人共通が持っているある種の“性”かもしれません。

釣り始めてそれほど経験や技術のない人でもそうなのですから、ったく釣り人というのは困った存在です。

まあ釣り人は向上心の塊で、欲深くなければとても釣り場での手強い魚相手にはやってられませんから仕方ないのかもしれませんが、、、。

けれども食わないからハリスを細くする、などといったことは、実はその釣り人にとっての究極の選択なのだ、という事を理解している釣り人がいったいどのくらいいることでしょう?

それまで何の工夫や、何の努力もしないで、ただただ釣れないから短絡的にハリスを細くする、などという釣り人も多いようですが、そんな釣り人に限ってヒットした魚とは残念ながらさようなら、なんて事も随分と多いようです。

魚釣りは言うまでもなく最終的には魚との出逢いに楽しさがあります。
出逢う前には当然ながら魚にサシエを食って貰わなければなりません。“まずは食わせてなんぼ” 、などと釣り人特有の奢りも理解できない事はないのですが、釣り上げてこそ自慢もできるし、より大きな楽しみを得る事ができるのですから。

ちなみに手前事で恐縮なのですが、口太グレの釣り場では通常最低でも1.2号、まあまあ太くて1.7号ハリスを使用する事が多いのですが、それでも50cmクラスの口太に対してのハリス1.2号の使用には少し辛いモノがあります。

尾長グレの場合では、40cm〜50cmなら最低でも2号、少し太くして2.5号、60cm前後なら迷わず最低でも3号、といった選定です。

これまでには随分のグレとの出逢いがあり、当然ながら1号ハリスでも運の良い時には50cm近いグレを釣り上げたことも何度か味わいました。
2.5号で60cmオーバーのグレと出逢った事もありましたが、それよりも何よりも細いハリスで何度バラシたかは、恥ずかしい事ですが数え切れないくらいなのです。

やはり、特に大きな魚に関する限りは、バラシた感動よりは釣り上げた感動の方が遥かに印象深いのです。

釣りは感動を味わうために出かけている一面もあるのですから、もう一歩のところでバラシてしまえば、味わえたかもしれない感動が一瞬にしてそれでパーになってしまうのですからまったくもってもったいない話ですね。

ところで前記した私のグレ釣りで使用するハリスの号数は、一応長年グレと対峙し続けた結果に、この太さだったらある程度の自信を持って釣り上げることができる、という私独自標準規格ですから皆さんの参考にならないかもしませんが、それぞれの方が使用されようとするハリスの標準規格を決められるのも大切な事かと思います。

必要以上の太さのハリスや必要以上の細さのハリスは釣りから得られるであろう感動や楽しさを奪ってしまう大きな原因ともなりませんからねえ。

それじゃあいくら工夫しても食わない、といった状況下ではハリスの号数を落とす(細くする)かといえば、私の場合はあまりハリスにはこだわらなくなりました。
その一番の理由は繰り返していうようですが、魚を取り込む自信がないからです。それまでには随分見切り発車して、細ハリスで無謀(?)な事をおこなってきましたが、結局は魚の持つその力を存分に味あわされた、という事でしょうか。

それじゃあ食わないときにいったい釣り人にナニができるか、という事なのですが、これも古今東西の釣り人が抱えている大きな命題です。

最初に考えるのが釣り場の状況の見直し、次に考えるのが狙うポイントの選定変更、その次には仕掛けやマキエの工夫や手直し、というのが大方の釣り人の思考だと思われます。
三番目については釣り人の工夫や知恵が最も生かされる部分なのですが、まあ早急な判断は魚にも嫌われますので、順番どうりの優先順位からいえば、一番には釣り場の状況の見直しが優先されます。

魚は特にグレは潮に敏感に反応して動いている魚です。
魚の食い気がなければ当たり前の事実なのですが、釣りは絶対に成り立たないのです。
さらには釣ろうとしているポイントも非常に重要な要素です。

いたずらに自分の仕掛けをいじくるよりも、まずは魚がいるであろう場所、さらには魚が就餌してくれるであろう場所を見つけることが先決です。

さてさてその次には最後に残された、けれどもようやく出番が回ってきたところの釣り手側の仕掛けやマキエの工夫になる訳ですが、マキエを撒くリズムの変化や撒くその量の変化も大切な要素です。

それまでのマキエから少しリズムを変えてやるだけで、魚の活性が変わることなどしょっちゅうなのですから。

マキエの工夫の後には次には仕掛けの変化。

それまで釣っていたタナを少し変えてやるだけでも、釣れ始める事も多いものですし、タナの変化で通用しなければ仕掛けの流し方の変化で対応します。

仕掛けの流し方の変化で通用しなければ魚との一番の接点であるサシエを刺す工夫や針の大きさを考え直します。

サシエなどといってもただ針に刺していれば良い、といったものではありません。
針に見合った大きさのオキアミ、身がしっかりとしていかにも美味しそうなモノと砕け潰れそうなモノ、大きいものや小さいモノ、とその個体はさまざまなのです。
また針に丁寧にしっかりと刺せば海中でサシエが回り辛くなるものです。(サシエがクルクルと回る状態では魚はあまり食ってくれないようです。)

次にはハリスの馴染み具合いの調節です。

潮に馴染んでいないハリス(仕掛け)はサシエが安定しないのか魚も嫌います。

ガン玉の工夫も必要となってくるでしょうし、道糸の送り加減も重要な要素です。

グレ釣りで本当に魚と出逢おうとするならば、挙げればキリがないくらいの作業を必要とされるものですが、ところがところがただ単にハリスを細くすれば釣れる、という至極単純で短絡的な発想、これってグレ釣りの基本からは大きくズレているようだと感じているのは多分私だけではない、とは感じているのですがいかがなもんでしょう?

グレ釣りに “これだ!” なんていう特効薬なんてないのにねえ。そうしてもしもそんな特効薬があるならば、釣りという遊びの楽しさは、もしかすれば半減してしまうかもしれませんねえ。