私の釣りとウキとの関係

ウキの基本的な性能は、まずはそのコントロール性能です。
思ったポイントへきちんと狙いどうりに投げ入れることが、最初の基本となってきます。
思いどうりに仕掛けを打ち返すことのできないウキは、それだけでもうマイナスのハンディを背負っているようなものです。

次にバランスとその安定性能です。
バランスの悪いウキは、潮の状態や仕掛けの流れ具合などをきちんと表現できません。
安定性の悪いのもまた然り、です。

次に重要なのがウキの潮乗りです。
潮乗りの悪いウキは仕掛けを潮と同調させて流せないからです。
仕掛けが潮本来の流れからずれてしまったら、魚と出会える確立はウンと少なくなってしまうのです。

次にウキのそのタフさ加減です。
その能力の持続は、タフであってこそ始めてコンスタントのその力を継続して発揮できるからです。

次には、最終のアタリの表現です。
アタリには前アタリといって、魚が餌をくわえ込もうとするその瞬間を捉えることから始まって、最終のヒットさせるまでの過程です。

私は今まで、以上のことに随分と気を使ってきながらウキを作り続け、そうして釣りを行ってきました。
ウキはある程度ですが、自分なりに納得できるレベルまで到達したんじゃないか、と自負しています。
もう今や"闘魂ウキ"は私の分身、といってもいいほどにウキとの会話を楽しめるようになったのです。

ウキと私との信頼関係は、おそらくはもう揺らぐことはないと思います。

そこで問題になってきたのが、その関係を繋いでいる道糸の存在なのです。
道糸との存在をより良い関係にしてこそ始めて、ウキと釣り手側の良好な関係が成り立つのです。

道糸の存在が、実は私にとっての第二のウキだったのです
ウキは何もウキ本体そのものばかりじゃなかったのです。
さらには、ウキをこちらの思いどうりに自在に操れる竿の穂先の存在、糸を自由に思いどうりに出し入れできるリールの存在、などなどを教えてくれたのが、実はウキそのものだったのです。
自分の釣りとウキとの関係は、もう今や切っても切れない関係になってしまったのかもしれません。
たかがウキ一個といえど、その実、非常に大きな存在感を持っていたのです。