本日は、どうもありがとうございます。
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up 2014.09/20

グレやチヌ釣りに魅せられて三十年
そ の間に培った、釣りのノウハウを凝縮した"闘魂ウキ"を、ご披露いたします。.
(ここに出ているのはほんの一部ですが、、、、。拡大してごらんください)



                                        家主の雑感
(09月20日
元気だけれど何故か?昨日、頭部のMRI、初体験?!


ある日突然に襲ってくる、脳梗塞、脳溢血、くも膜下出血、などなどと、もうそこそこの年齢になればそのための用心に越した事はない。
以前からかみさんが親しくしている、そのだんなである脳外科の先生から一度検査に来るように勧められていた事もあり、まあ何事も初体験を味わってみるか、といった動機から、首周り10分、頭部で30分、狭いトンネルの中に入って大きな音のなかで撮影開始。

最初の10分の長かった事、−で次の30分、いつしかうつらうつらと眠りに陥ってしまい、夢見心地になるとは、まあ何と呑気な事でしょう。

その後、ドクターと恐ろしい?ほど鮮明にあらゆる断面が映し出されている画像を見ながらの個々の詳細な説明で、まず血管は健康そのもの、他にも何の問題もない、といったお墨付きを頂き、加齢により何処か悪い箇所でも見つけられたら、といった不安が少しはあったものの、まずは一安心。

健康は当たり前、と思っていたけれど、やはりありがたいモノです。

少しご無沙汰していた間に、実は手前勝手な近況報告ですが、先月末に40年振りの大学時代の同窓会が何故か富山で行なわれ、興奮冷めやらぬ後、立山、黒部、おわら風の盆、などなど一週間近く遊び呆け、その前には岡山、広島方面、その前には二週間ほど日本列島の背骨を走りたく、まずは木曽から、日光、会津、山形、を抜け津軽、下北の両突端までの一人キャンプ、−と5月の末から合計すれば一万qほど車を走らせていました。その間、知り合った人などなどといくらお酒を飲んだのか知れないほどで、まあ自分でもタフだ、と思っていますがー。

ーが、人間いつかはタフでなくなる、いつかはそんなに動けなくなる、いつかはもっともっと高齢者となっておとなしくしていなければならなくなる時がくる、それがひたひたと忍び寄っているのが少し実感として感じられる年齢になりつつあります。人生一ぺん切り、まずは考える事よりも今は動く事を優先している状態ですが、、、、、、。

(05月13日
今日から9ヶ月目に突入で、孫はますます元気になってゆく?!


半年振りの更新だけれど、相変わらず毎日元気に生きている。ここ一ヶ月ほど前からは二番目の孫(まだ八ヶ月の母乳育ち)の育メンで、保育所へのお迎えや祝祭日の終日の世話等で、恐ろしいほど大変で疲れ果てる日々を過ごしていたけれども、、、、。

ーが、数日前からはもうほとんど用も無くなり、義母の49日の関係で名古屋方面へ出向き、ついでに飛騨高山経由で奥飛騨温泉郷、善光寺、安曇野などなどへ。今日から9ヶ月目に突入した孫の元気さにはとても敵わないけれど、まあこちらも負けないように動かなければ。

人間歳を重ねると、どんどん元気がなくなってくる、得られる感動もどんどん少なくなってくる、いつしか行動範囲もどんどん狭まって来る、こんな高齢者にならないように現在孫をお手本にして、すべての事でもがいている状態、でありますが、、、、、。
(11月16日
思い立ったが吉日?!


6月初旬からのダイエット開始以来、以前よりも沢山食べているような気がするけれど、幸いリバウンドもなく、体の調子は“絶好調”が続いている。

この4ヶ月近くご無沙汰している間にいつしか夏も過ぎ、やがて秋も終わろうとしているけれど、先週は何を血迷ったのか、急遽東北の紅葉と温泉目的で車を走らせ、長旅に出かけることになった。

2〜3日ほど費やした周到(?)な準備期間の後、簡単に書いてしまえば、一日目は秋田までの約1,100kmを一走り。二日目は白神山地、岩木山、弘前経由で青森へ。三日目の先週土曜日は八甲田山、十和田湖経由で平泉へ。四日目は磐梯山、猪苗代湖、鶴ヶ城経由で新潟へ。五日目の11日(月曜日)午後八時過ぎには、出発から2,940kmの距離を走った後、家人共々に満足感一杯で自宅へ帰り着いていた。

十二湖、弘前城、平泉毛越寺の浄土庭園、鶴ヶ城、とそれぞれが紅葉真っ盛りの旬を向かえ、その他にも鳥海山、岩木山、八甲田山、磐梯山周辺の裾野の紅葉は見事としか言いようのない景観で、やはり西日本に住んでいてはなかなかお目にかかれないほどの鮮やかなその色彩に驚かされたものだった。

温泉は行く先々で溢れるほどの掛け流しの硫黄温泉がいくつもあり、毎日が極楽気分で、これほど密度の濃い充実した旅は、かつてあったようななかったような。

このタイミングを逃せばもう北国の秋は終わってしまう、といった動機からだけの旅行だったけれど、9日の午前中に通過した八甲田山系の酸ケ湯温泉などは、3日後の12日には何と69pの積雪となっていたそうな。あれほど美しかった青森、秋田、岩手、福島などの紅葉も、どうやら今年はもう先週で最後となってしまったようで、やはり振り返ってみれば、”思い立ったが吉日”、だったんだろうな、と改めて感じさせられているのだけれど、、、、、、。

(07月20日
普通に生きてるだけで、男は 一日に1950 kcal を消費しない時期もある?!


先月から順調に進んでいたダイエット、人間何にでも本気(?)になって取り組めば、まあそれなりに結果は出てくるもんだなあ、と密かに自画自賛していたのだけれど、最高体重から8kgほどの減量に成功した三週間ほど前の頃から、それまでと同じカロリー摂取を継続しているにも関わらず、体重がまったく減らない不思議な現象に陥ってしまった。

それではと、それまで以上にカロリーを少なくしたり、またその反対に多くしたり、毎日6時間以上のヒルクライムを数日続けてみたりしたものの、それでもやはり体重の増減は嘘のようにピタリと止まり、まったく無くなってしまったのだ。

体重計に乗る楽しみ、ばかりかそれまで順調に思いどおりに進んでいた事が、ある日突然思いどおりに行かなくなる、これは予期せぬ一大事に違いない、と早々にネットをググればそれは、ホメオスタシス、といった一時的な機能だと判明したので結果的には一安心。

ホメオスタシスという人間の生命維持のために備わった恒常性機能の説明は省略するとして、それにしても今回初の本格的なダイエット、ここまではきわめて順調に進んでいる証拠なんだから、まあこの際少し欲張ってトータルで12kgほど、という事は後4kgほどの減量へと目標設定を変更する。(ーというのも、まだ腹回りがダブついているし、現状でもまだオーバーウェイトだろうし、長年の無駄な脂肪ともさよならしたいからに他ならないからだがー。)

何かをきっかけにして気持ちがすっかり変わることを、心機一転、とは言うけれど、 この際今回は自身のいわば、体機一転(?)だ。
(06月10日
普通に生きてるだけで、男は 一日に1950 kcal を消費する?!

生きてゆくには人それぞれのスタイルがあるけれど、そんなスタイルに関係なく、“普通に生きてるだけで、男は一日に 1950 kcal を消費する”、そろそろいつものようにダイエットに本腰を入れなければ、と思っていた矢先の頃に、こんな言葉が目に飛び込んできた。

生きてゆくための、いわば車を動かすガソリンの消費燃費みたいなもんだろうけれど、これが実に興味深い。さらには、摂取カロリーよりも消費カロリーが多ければ体重は減り、その反対ならば体重は増える。こんな簡単な理屈(?)が判らないままに、これまではその時々で思いつくままにダイエットを試みてきたのだ。

調子が良い状態のいわばベスト体重から2kgオーバーくらいまでならまだ許せる範囲だったけれど、けれどもそれからさらに3kgほども増えてしまった一ヶ月ほど前には、もうチャリに乗ってもケツ、腰、膝などが痛くなるわ、坂道で息切れするのが早くなるわ、簡単にバテてしまうわ、−で、もうやってられなくなっていた。

それまでのダイエットといえば、単純に食事制限、食事節制で、食事の量を減らしたり、油っ濃いモノを避けたり、程度、そうしてそれまでよりも多くの運動を行なう、程度、の事でしかなかった。適当だったけれどもそれなりの効果も少しは上がっていたように思うが、年齢を重ねるに連れ基礎代謝が下がっているのか、それまでよりも食欲旺盛、喰い意地強し、も相まって徐々に体重が増えてしまっていた。

メタボリックシンドロームや生活習慣病の予防、などなどはほとんど考えた事がないけれど、ベスト体重をオーバーすれば、普通に生活していても動作は鈍く、重く、どうも軽快でもなく快適でもない。より腹も出始め醜くなり、こりゃああかんわい!と常に感じつつも、けれども美酒、美食の誘惑には打ち勝てず、幸い表向きは元気で健康でピンピンしているために、またその内に、などといった繰り返しでもう何年も過ごしてきたのだから全くの意志薄弱人間である。

ーで、今度こそは本気(?)で、とダイエットを行なうための専門知識を詰め込み、カロリー計算を行ないながら、腹一杯とはゆかないまでもそれに近い食事量をとり、そんなに根性を入れたり我慢をしなくても、一ヶ月ほど前から比べると3kg近い減量に成功したんだから、何事にもきちんとした勉強や知識ががまずは不可欠だと思い知らされた次第。

それまでとは食生活習慣を少し変えてみた結果、カロリーコントロールを行なった結果、まあその他いろいろな結果もあるけれど、つまりはダイエットに関するお勉強のお陰、であって、何も意志薄弱人間ではなく、単なる無知、原因は実はこれだったんですが、、、、、。

まあまだ道半ばで偉そうな事を書いているけれど、さらに後3kg減を今後の目標に、そうして必要な栄養は欠かさずより体力のある体になり、今後は二度とリバウンドさせない、といった事を当面の目標にして、まあしばらくはお勉強した専門知識に従って自己管理した食生活や運動を行なってゆこうと思っているけれど、日に日に体重計のメモリが下がってゆくこの達成感、結構楽しいもんですよ。まあいつまで思い通りになるかは判らないけれども、、、、、、。
(05月11日
決して自分だけじゃあない?!

最近食べる事ばかりを考えている。食欲旺盛で、喰い意地が張り、何を食べても美味しく感じてしまうのだ。(そのためか、オーバーウエイトで体が重い。)
以前から時々は、我が家の料理を作っていたが、最近は自分から進んで一手に引き受けている状態、これが一番の原因かもしれないがー。

料理をつくるセンスはあまりないけれど、凝った料理はそれほど作ることはできないけれど、まあ作るのは好きな方で、そのための冷蔵庫、これほど便利で有難いモノはない、と感じていた矢先の一昨日の午前中、突然5分ばかりのいきなりの停電に見舞われた。

停電だけなら何の問題もなかったが、どうやら冷蔵庫に異変がおき、その後、冷却能力は確実に失われていた。
6年半ほど前に買い換えた冷蔵庫、翌日までにいろいろと調べた結果、間違いなく昨日の停電が原因で壊れてしまった、という事を確信したため、電力会社へのクレームを一応は行なうが、案の定、それ以上の埒開かず。(たまたま運が悪かった、だけでは済まされない気持ちでいたためにー。)

あの大震災後の予期せぬ計画停電時とか今回のようなケースには、停電と通電の間隔が僅かな時間だとコンプレッサーに急激な負荷がかかり運悪く基盤がやられてしまう冷蔵庫もあるそうな。そのため大震災後には相当数の冷蔵庫がお亡くなりになった、といった事実も、どうやら他人事ではなかった現実として、改めて認識させられようとはー。

まあ自分にあまり関係のない事はなかなか情報として知る由もないが、今回の不本意な出来事から感じたのは、運の悪いのは決して自分だけじゃあない、突然不幸が襲ってくるのも決して自分だけじゃあない、まあその時々で不幸に見舞われたり、はたまた不意に幸の来る事もあるかもしれない、そう考えれば何があっても人生楽に生きられる、そんな風に無理にでも考えよう、と気持ちを切り替え、昨日、急遽近所の電気店へ開店時間に合わせるように一走り。

−で、新たな冷蔵庫を即購入し、僅か半日足らずの午後3時半にはもう据付完了で、まあ取り敢えずはイライラしていた憤懣もこれでまずは一段落。
結果、今回の件は一件落着、といったところか。まあ予期せぬ痛い出費ではあったけれど・・・・・。ふう
(04月14日
<いつまでも、絶不調、は続かない?!

ルンルン気分でベトナムから帰国した一昨日から、強烈な腹痛が襲ってきた。(事前に少し心配していたため)滞在中は生物や飲み水には随分気をつかっていたのだけれど、またホ−チミンに滞在していた5日間はこの上なく絶好調だったのだけれど、やはりどうやら10年ほど前のインドからの帰国時同様の症状だ。

腹痛と1時間おきのトイレ通い、ばかりか体全体の関節は痛く、さらには悪寒を伴い、体はだるく、頭も重く、−が、ようやく3日目となって最悪状態を脱しつつあるような感じで、少し元気になってきた。


何度も出掛けている中国圏、エジプトやヨーロッパ圏、中近東諸国、タイやシンガポール、などなどこれまでのかなりの国からの帰国では何ともなかったけれど、今回が二度目の絶不調。まさしく、大当たり!、かもしれないが−。

それはともかくも、この体調不良の時に突然襲ってきた昨日早朝の大地震、まあ何事もなく無事だった事に大感謝はするものの、昨日から旅行のデータ写真をパソコンへ移す作業をしていても一向に前へ進まない。そればかりかネットの繋がりも悪く、イライラするほど時間がかかる。出掛ける数日前に使用途中のプリンターの電源が突然切れて、どうやらご臨終になったばかりで気分よろしくないのに、今度はパソコンの調子が悪くなるとは。

それまでは問題なかったので、これはもしかして地震の影響か?、それともウイルスにでも?、などと浅はかなシロウト考えの中で、とにかく繋がりにくいネットで問題解決の検索をかけてみる。システムの復元から始まり、ウイルスチェック、までのいろいろ考えられる限りの事をおこなっても、まったく改善しない。昨日の体調不良とパソコン不良は半日近くのもがきの結果、今日に持ち越され、気を取り直し再度パソコンをいじってみる。

少し時間を空けたためか、デスクトップに表示させてあるCPUメーター、何の作業をしているわけでもないのにふと見れば、100%近くになっているのに気が付いた。こりゃあ何をやっても動作が遅くなるはずだ。詳しく書くほどの知識はないので省略するとして、タスクマネージャーからあるフリーソフトを見つけ出し、サヨナラして貰ったことで一件落着。それにしてもバージョンアップ後に起動してなくても影で暴れている(?)ソフトがあるなんて、驚きだ。それより何よりも、体の調子もどんどん回復しつつあるようで、どうやらいつまでも、絶不調、は続かないもんだ。
(03月20日
この時期は卒業の季節?!

昨年の今頃だった、とは思うけれど、それまでの長年の習慣であった喫煙を、突然断ち切った。―以来、休煙状態(?)で、実質的には卒煙である。

ある日突然、部屋の汚れや臭さに自身が我慢できなくなった、息子達に嫌がられる、お金の節約になる、常に持ち歩くのが面倒臭い、チャリで走ればバテやすい、現代社会では好ましく思われていない、などなどといった、もっともらしい理由も積み重なっていたのかもしれないけれど、決定的な理由は、“どうしても吸いたければ、いつでもその時点からまた吸い始めればいい!”、といった、まあ大した理由などない、ほんの軽い気持ちから、だった。

―とは言っても、それまでの習慣から新たな習慣に切り替えるとなると、どんな事でも、それに慣れるまでには多少の戸惑いや不安定さを感じてしまうけれど、まあ人間生きていれば誰しも、自分も、自分の周りの環境もいつしか変化し、それに連れて生活リズムも変わってゆく。
どんな人でも、いつまでも以前の習慣に固執してばかり、ではいられなくなるものだ。

喫煙していても体調は絶好調だったけれど、誰に言われた訳でもないけれど、自分の意志決定で勝手に、となればなおさらの事。

折りしも、もうすぐ春ですねぇ〜 ♪ と感じさせられる間もないくらい今年の季節は急速に走っているけれど、昨年の今頃以来、愛煙を断ち切った代償として、食欲ばかりが高まってダイエットも進まないが、またまた新たなるスタート季節が巡ってきた。

毎年の事ではあるけれど、さてさてこれからいったい何に向って走ってゆけばよいのだろう?この季節にいつも思う事だけれどもねえ。
(02月20日
誰と知り合うかで、その後の人生は変わっていく?!

数日前に愛知県犬山市に住んでいる親愛なる友の所へ出掛け、お互いの夫婦共々で夜遅くまで久々の宴を張っていたけれど、彼と知り合ったのはもう38年も前だった。

普段に生活していると、普通に時は過ぎてゆくけれど、久しく会わない人とたまに会ったりしようものなら、時の流れの速さというものを無意識に実感させられてしまう。

人と人との関わり合いは、ほんのちょっとの偶然や意外な出会いででき上がっていて、それを時として「運命」と言ったり、ある時には「縁」と呼んだりもする。
そうして、誰しも「運命」とか「縁」とか、といった関わり合いの中で生きているんだろうけれど、もしもあの時彼と知り合わなかったら、彼が紹介してくれた現在の家人とは一緒になることもなく、当然ながら
我々の三人の息子もこの世に存在していない。

その内の一人である二男が16歳の頃、同学年の彼のガールフレンドから、ある場所で偶然にも礼儀正しい挨拶を受け、少しばかりのとりとめもない会話をする機会があった。その時が彼女との初対面、以後最近まで一度も会う事はなかったけれど、“こんな娘が将来二男の嫁になってくれればなあ!”、といったような彼女に対する不思議な感情というか願望を抱いていたのを、今もはっきりと覚えている。そうしてその時まだ16歳の彼ら彼女らに対して、いったいどうしてそんな気持ちになったんだろうかねえ。

―で、時は流れ、昨年末にどうやら16年ぶり(?)くらいに再会した彼女を紹介され、それがあの当時の彼女だった事に改めて驚かされ、さらに先週には、めでたくバレンタイン入籍、となった。

誰と知り合うかによって、その後の人生なんてどんどん変わってゆくのだけれど、今回のような、それぞれがその後16年もの時を経ての巡りあわせは、不思議といえば不思議で、面白いといえば面白いもんだなあ、とまたまたしみじみ感じさせられている次第。ここしばらくは、いやー、参った、参った、の心境である。
(02月05日
生きていて良かった?!

今年の寒さのせいかもしれないが、特に最近、温泉(銭湯)へ出掛ける事が多くなった。
そんな中でも早朝(といっても8時過ぎから)、の入浴ほど気持ち良いものはなく、サウナと露天風呂を何度か行き来し、サウナの熱さ、外気の冷たさ、を繰り返し感じながらゆったりと過ごせば、いつしか2時間ほどは、アレッ!と言う間に過ぎてしまっている。自宅の狭い風呂と違って広々としている場所は、もうそれだけでも快適そのものだけれど―。

もともと、時々は大汗をかくのが好きだったんだろうけれど、そのための一番手っ取り早い方法は、何といってもサウナだ。
幸いな事に、自宅から10q圏内にある三ヶ所の銭湯はサウナ室も広く、露天風呂なども充実した設備で、大汗をかいたりしてゆっくりするには有り難い事この上ない。

さらに少し足を伸ばせば、神山温泉、御所温泉、なんかも心地よいけれど、蒲生田岬温泉や吉野川沿いの美濃田の湯、などなどは、湯に浸かりながらの景観が実に素晴らしい。露天風呂で冬の外気を感じながら温まっている時には、決まって、“ンワッ―!生きていて良かった!”、といつも感じさせられる瞬間である。

まあそればかりか、大汗の後の“一杯”、もこの上ない至上の瞬間なんだけれども、、、、、。
(01月21日
無理せず、頑張らず

昨日は、数十年前から毎年欠かさず出掛けている香川県の“こんぴらさん”へ遅ればせながらの初詣で。

正月太りで体が重く、さらには運動不足の怠けきった体だったけれど、まあ奥社までの1368段を一気に登り終える(?)体力はまだ残っていたようで、今年も取り敢えずは好スタート(を切ったような気分)。さらには帰りに立ち寄った丸亀城の天守閣までをも一気に登り、チャリのヒルクライムじゃあないけれど、しばしハアハアが止まらない。

人間誰しも年を重ねてくると、それまで以上の無理はきかなくなるばかりか、それまで以上に頑張ることもできなくなる。
―で、ここ数年前からは、何事にも捕らわれず、無理せず、頑張らず、楽しく、気持ちよく過ごす事が大切だ、と思い始めてきたので、何をするにも気楽なもんだ。

ところが、自分から進んで行なっている事を、自分では、無理をしているとか頑張っているとかは決して思わないもんだけれど、けれどもどうやら同行の家人はそうでないような感じの雰囲気を漂わせこちらを見つめている。まあ体には多少無理をさせているのかもしれないけれど、、、、、、。
(01月03日
また、またの繰り返しですが、今年も、どうぞよろしく!

また新たな年となったけれど、何にしても、新たになる、という事は良い事だ。

残念ながら月日の流れだけは巻き戻す事ができないけれど、今までの人生がどうであれ、いつでも、何度でも、何かを区切りとした時は、またそこから新たなるスタートラインに立てる、そうしてそこから、またまたチャンスが拡がる事がある、そこからまたまた運の神様の応援がある、欲張りの私なんぞは自分勝手な都合の良い事ばかりを常に考えているけれど、そんな幾多の区切りをつけながら、また今年の時間もゆるやかに流れてゆくんでしょうかねえ。

また、またの繰り返しですが、今年も、どうぞよろしく!
(12月31日
また来年も、どうぞよろしく!

長く生きていると、人間誰しも経験は多くなる。経験が多くなれば、得られる新鮮さや感動はそれに反比例するように少なくなる。
還暦もいつしか過ぎ去り、新鮮さや感動を味わう、といった感覚は今後ますます少なくなってゆくんだろうけれど、いくつになっても、好きな事に夢中になって遊んでいる。来年もまた今までと同じように、こんなスタイルになるんだろうなあ、と思っている相変わらずの勝手な自分がいる。

連続して続いてゆく時間の中で、今年もまた一区切りを迎える時期となってしまったけれど、お互い、来年も(明日からも)元気で過ごせればよいですね。
本年はどうもありがとうございました。また来年もどうぞよろしくお願いいたします。
(12月15日
初体験

久々の更新だけれど、ここ一ヶ月、随分慌ただしく過ごしていたような気がする。年末も近くなり例年のように気持ちが慌ただしくなる錯覚に陥っていただけかもしれないが、極めつけは先週末から香港へ5日間出かけていた事。


その一番の目的は、このHPにも紹介している香港女性釣り師の結婚式参列。
我が娘だ!と完全に錯覚しているような気持ちになってしまっている日本のこの変なおっさんに、現地の両ご両親を初め列席者の多くの皆さんは非常に暖かいおもてなしをして迎えてくださった。

もう二度と列席できないだろうと感じさせられるほどの九龍尖沙咀にある超最高級ホテルでの挙式、もう二度と過ごせないだろうと感じさせられるほどの昼間のセレモニーからディナーにかけて12時間近くの驚くほどのゴージャスな時間の流れ。もう二度と味わえないだろうと感じさせられるほどの料理の数々。それらは紛れも無く超上流階級のパーティそのもので、何でこんな場所に<
似つかわしくない(?)>我々夫婦がいるんだろう?、といった気持ちにさせられるほどだった。<まあ新郎新婦との出会いはもう5年も前からで、以来何度かの交際で彼や彼女がかなりの金持ち(?)なんぞじゃぁないそれ以上の家庭に育った、といった事は充分に承知していたんですがね。

200名以上の人々で賑わった最終の披露宴も真夜中近くには盛大に終了し、その翌々日には新婦の希望でその仲間達と共に、磯釣りへGO!
渡船はマカオ方面に島々の間の海上を走る事約1時間、そこは有名なマダイポイントらしかった。磯上がりや釣りスタイル、その他すべてはまるで同じなので省略するとして、午前7時〜12時までの間に我々8人グループの中の一人がヒットさせたものの、残念ながらバラシ。余談だが、挙式後の花嫁が最初に釣り上げたのは20cmほどのイサギで、私も二時間ほど本気でマダイを狙ってみたけれど初ヒットは彼女と同様のイサギだった。
初体験の香港での磯釣り、総体的な印象は、まあ海や釣り人に国境はない!、といった感じだったですかねえ。

滞在した5日間はほぼ晴天で湿度も低く、気温は17〜22℃、三度目の香港訪問にしては快適そのもの。
そんな快適さも手伝ってか、滞在中の初経験、初体験に恵まれた不思議さを現在しみじみ感じ直し、改めて“釣り”という一つのきっかけにしか過ぎないモノの力に驚かされているけれど、それにしても“縁”とは不可解なモノですねえ。
(11月12日
紅葉真っ盛りのシーズンへ突入、ここしばらくの一押しは、88番札所の大窪寺

先々週には車で西日本で二番目に高い2000m級の剣山へ。せっかく来たんだからと家人と共に見ノ越からのリフトに乗り、初めての頂上を目指す。翌週には、まずは1000m級の大川原高原
を手始めに、剣山の南側に位置する高の瀬峡へ。剣山と高の瀬峡は折りしも紅葉真っ盛りで、素晴らしい景観が拡がっていたけれど、なぜ出掛けたのかといえば、これには魂胆があって、来年の自身のサイクリングコースとしての下見を兼ねていたからに他ならない。

最近、年甲斐もなく(?)チャリでの山上り(ヒルクライム)を頻繁に行なうようになった。近所の大坂峠や星越峠、さらには卯辰越や眉山なども自宅からはノンストップで一気に駆け上がる事ができるようになったためか、次のステップを探し始めているんだけれど、もう今年は寒くなればとてもさらに寒い山へと向う事などできないし、今後まだまだ来年に向って脚力を強化しなければならない。ああそれより何よりも、来月からは磯釣りで磯を歩きまわらなければならない予定になっているのをコロッと忘れているとはねえ。

まあそんな事はともかくも、一昨日は88番札所の大窪寺へとチャリを走らせた。片道約40km強、広域農道のアップダウンと山越えを順調に(?)こなし、走るだけなら2時間もあれば到着するが、思惑どおり紅葉は素晴らしい!の一言。ーで、ついでだけれど、9月中半から一昨日までのこの二ヶ月の間に3台のチャリで走った合計距離は約2000km、その間の風景スナップの一部ですが “釣りでないスナップ” からアップロードしておきましょう。ごらんいただけたら幸いですが、、、、、。
(10月21日
ビョーキの感染?!

秋深し、隣は何をする人ぞ!、といった事にはまるで関心がない状態で、自分のしたい事だけに熱中してしまっている人は、ある意味、治療するすべのないビョーキ人間だろう。

振り返って考えてみれば、わたしなんぞは周辺の仲間以上にいろんなビョーキに感染し易かったようで、一番長いビョーキにかかっていたのは、釣り、だったようだが、その後も不本意(?)ながら、次から次へといつの間にやらいろんなビョーキに襲われ続けてきた。格別自分から、これがしたい!あれがしたい!、といった我欲は、さらさらない、つもりなんだけれど、気がつけばいつしか興味を持ち始め、そうしていつしかそれにのめり込んでしまっている、といった状態の繰り返しだった。

ーということは、その本質は、さながら非常に我欲の強い人間だった、のかもしれないが、幾つになっても本人でさえ自分の事が判らない部分があるもんだが、そんな事より何よりも、どうも最近またまたビョーキが再発してしまったようだ。

この周辺だけでも吉野川、旧吉野川、今切川、それらに流れ込む支流ばかりか小さい川などは数えきれないほどにたくさんある。また、紀伊水道から瀬戸内海へととにかく豊饒の海も拡がっているばかりか、周辺には手軽なヒルクライムに格好の山々が沢山ある。そんな自然に恵まれ過ぎた環境の中で、それら折々の素晴らしい景色を味わうにはチャリで走りに出掛けるに限る、といった感じで、何故かこの春先からは、豊かな自然の中を一日に100q以上走っても、まだまだ走り足りない、と感じてしまう日々が続いている。

自宅から50km圏内くらいは、チャリで走り始めた8年前からもうあらゆる場所がお馴染みの風景となっているにも関わらず、最近は何故か同じ場所を走っても、以前とは比べものにならないくらいに楽しく感じ始めているけれど、とにかく自然の中は掛け値なしに心地良い。今は誰が何と言おうとも、サイクリング最高!、などと疑いのない気持ちになっているのは、もしかしてこれもまたまたビョーキ感染の症状なのかもしれないが、、、、、、。
(10月10日
祝!熱くなることのできるイベント復活!

二年間中断していたダイワバトルカップチヌ全国決勝大会、山口県の周防大島で、一昨日熱いバトル戦が繰り広げらた。

お世話役の一員として参加させていただいた事、楽しい時間をまたまた過ごさせていただいた事はそれまでとまったく同じなんだけれど、久し振りの開催とあってか、出掛ける前からの何故かお祭り気分的なウキウキ感は、それまで以上となった。

それにはいろんな理由があるんだけれど、そんな訳より何よりも、とにかく釣り人皆さんが熱くなることのできるイベントを、それも業界トップメーカーであるダイワが再び復活させた、といった事がなにより嬉しかった、のかもしれない。

まあそんな事もともかくさておき、参加選手全員に釣果があった、といった申し分のない結果で幕を閉じ、結果も良ければさらにすべて良し、といった素晴らしい大会になった事をご報告しておきますが、詳しい結果はダイワのHPでどうぞ。
(09月11日
<恐るべき、カーボンロード!(カーボンロッド、ではない!)>

まだ遊びは続いていて、先月末からのキャンプは蒜山高原へ。“休暇村蒜山高原”、という素晴らしいロケーションに囲まれたキャンプ場を拠点として、3日間ほどはのんびりと近辺の大山(だいせん)や境港、温泉街などなどへ出掛け、最後の夏を満喫する。ーで、
帰ってきた先週には、待望の超高価な(?)カーボンのロードレーサーが届けられていた、のだった。

レーサーが乗るような自転車なんぞ、ましてやカーボン製なんぞ贅沢そのもので、自分にはまるで縁などない、と心底思っていたけれど、「カーボンは特に衝撃吸収に優れているため体へのダメージが少ない、体力が衰え始めた人こそカーボンバイクにのるべきだ。」、などなどとこの夏に知り合ったベテラン自転車乗りの方から、ご忠告をいただく。ーん!?ーん!?、少し考えただけでも必然的に、そりゃあもう今回は買わなしぁあないだろな。ーという事になって、早々にバイクの仕様や個々の部品などについての猛勉強を始め、一週間ほどで自分の好みに合いそうなロードバイクを決めてしまった。

カーボンフレームはスペイン製、ホイールはフランス製、タイヤはドイツ製、ディレーラーやギヤ関係、サドルはイタリア製、カーボンハンドルは日本製、カーボンシートポストはオランダ製、とまあ国際色豊かなラインアップだけれど、総重量はなんと8.2kg。(ゴチャゴチャとアクセサリーを付けている現在のクロスバイクは総重量14.5sにもなっている。)

ついに買ってしまった、といった嬉しさと、自分なりにカスタマイズしなければならない作業はまだ現在も続いているが、昨日までで130qほどしか乗っていないにも関わらず、とにかく快速で、軽快で、まるで風が吹き抜けるように走ってゆく。残念ながら今日も雨模様で乗れそうにもないが、これからの季節はしばしこの新しい相棒と共に夢中になって遊ぶに違いないけれど、そういえば30数年前、それまでのグラスロッドからカーボンロッドに買い換えた時の軽快感、あの感覚に似ているような気もするのだが、、、、、、、、。
(08月19日
<夏は遊びに夢中になってしまう!>

“夏休み”、子供の頃からとにかく一番好きで、夢中になって遊んだ季節だった。それは不思議と今でも変わらない。

焼け付くような熱い季節だけれど、連日チャリであちこちへ出かけたり、泳いだり、キャンプをしたり、と相変わらずの日々を過ごしているが、先日、20年ほど前にアユ釣りで出かけた高知県の梼原川から愛媛県へ移動する途中の車中から眺めた四国カルストへ、ふと、もう一度出かけてみよう、と思い立った。

せっかくだから今回はキャンプを兼ねてゆっくりとー。
ーで、何が素晴らしかったのかどうかはともかくも、その時の様子の一部を、右タグの “釣りでないスナップ” からどうぞ。
(08月01日
最近本格的なスタイルのチャリ愛好者が増殖中

ようやく夏本番となり、最高気温が連日35度近くにもなれば、毎年の事ながら、何故か嬉しくて仕方ない。ーで俄然元気が出始め、週に三回ほどは近くの山へ大汗をかきたい為にチャリでのヒルクライム三昧。

−が先日の日曜日、大坂峠頂上でどこかの二人連れチャリダーと一息つきながら、たまたまの立ち話をしていたら、その僅か10分程の間に来るわ来るわで、10人近くのお互い見知らぬチャリダー達が偶然にも大集結。
皆さんすべてがカーボン製の高価なバイク、そうしてヘルメットは勿論の事レーサーウェアーに身を包み、まあまるでツールドフランス出場選手のようで、こちとらは、くたびれたクロモリ製のクロスバイクに、ヘルメットは最近全く被らず(以前は必ず被っていた)、服装も最近は好んで自転車乗りらしくない普通のスポーツウェアー。いったいいつからレーサースタイルのチャリ愛好者がこんなにも急増殖してしまったのだろう?(おそらくここ2〜3年の間だとは感じるのだけれどー。)

何かを始める時には、まずは道具や用具とさらにはカッコから、というのはまあ磯釣りの世界でも嫌というほど経験している事だけれど、
そんな中でカッコだけ見れば、まるで白鳥の中の黒い鳥みたいに浮いた存在にいつしか自分がなってしまっている、こりゃあある意味、ショックでしたねえ。

高価なチャリ、レーサースタイルのウェアー、年配で結構似合っている人も時折見かけるけれど、自分のスタイルは一見してレーサーみたいな自転車乗りに見られたくない、といった事にこだわっているため、最近のこれほどのチャリブームになると何故か肩身が少し狭くなってしまう。けれども今後も途中で気の向くままにレストランや観光地、またいろんなお店に立ち寄ったり、先日は自宅から40kmほどの距離にある穴吹川で泳いだり、などなどの道草を気楽に行いたいために今のスタイルを変えるつもりはさらさらないけれどー。

まあそれにしてもカッコいい、レーサーもどきチャリダー(?)、が増えて賑わいを増しつつあるのは、チャリで走ることが好きな同類としては、嬉しいような嬉しくないような、、、、、、。

(07月16日
災害は、ある日突然、予告も無く、自分の周りに、降りかかってくる、かもしれない−!

九州北部豪雨が襲い始めた翌日12日(木)は、そんな事を全く知らず、早朝から家人を乗せ紀伊半島へ向って車を走らせていた。
この日はまるで台風のような嵐の中、神戸、大阪湾岸線経由で紀伊田辺ICまで、その後はかつて釣りで何度も訪れた、すさみ、見老津、口和深、江須崎、などの懐かしい42号の釣り街道(正確には熊野街道)を感慨深く走りながら、串本に着いたのは丁度お昼時だった。

生憎の悪天候で楽しみにしていた海中公園は×で水族館だけになったけれど、その後串本を離れ熊野三山の一つである熊野那智大社へ向う。−が、まだ日和悪し、で参拝断念、熊野といえば熊野三山 (近辺の古道など含めあらゆるものが世界遺産、と何やら訳がわからないけれど−)。また熊野を訪れるほとんどの方が、熊野那智大社・熊野速玉大社・熊野本宮大社を訪れる、といった定番コースに従って次の熊野本宮大社へ到着する頃には幸い天候は急回復。熊野速玉大社も無事(?)参拝完了、となった。次の定番は 熊野の誇る本宮温泉郷(湯の峰・川湯・渡瀬)に1泊することになる。

“老いた人間の熊野詣で(?)”、まあこれも一度経験しておけば、といった軽い乗りで出掛けたけれど、本宮大社までの川沿いの昨年の大水害の傷後は、一年経過した後の今でも、凄いモノだった。折りしも温泉宿では九州での大豪雨の映像が目に飛び込んでくる。長年の釣りから学んだ水の脅威は誰よりも知っているつもりだけれど、寸断された道路の復旧工事ばかりか、新宮から本宮大社までの間にある二つの道の駅、道路上の案内看板だけは健在なんだが、建物、いやその面影などは微塵もない。それだけでも昨年の大豪雨の威力、迫力を身近に感じさせられてしまう。

いくら人間が力を得ようとも、すべての自然の脅威に対抗できる術などないのだけれど、もしかすれば、大災害は他所での出来事なんかじゃあなく、今度は自分の身近な所へ降りかかってくるかもしれない。そんな事をしみじみ感じながら、翌日は再び釣りでよく訪れた尾鷲、紀伊長島を横目に、お伊勢参りに向う。その後、鳥羽、二見、松阪、津、鈴鹿、名古屋まで、と紀伊半島一周で走った距離は1000q近くにもなってしまったが、まあこの半島、なんと長い距離なんだろう。
(07月01日
食う、寝る、遊ぶ、の基本を大切に−!

大きな勘違いかもしれないが、相変わらず自身は極めて順調に年を重ねているような錯覚の中で生きているけれど、つい先日、長年愛用しているDAP
(デジタルオーディオプレーヤー)が壊れた。まだ日本ではほとんど普及していなかった2000年の始めにCreativeの製品を初めて買って以来、いつしか製品の進化と共に、Rio、Samsung、iRiver、Cowon、などなどのメーカーへと追い立てられるように買い替えてきたけれど、今回壊れたのは(壊れたのはこれが始めてだがー)一番のお気に入りだったCowon。

ある時期から大変仲良く共に年を重ねてきた大切な相棒だったけれど、まあ仕方ない事だ。−で、次に選んだのは、多くの皆さんが愛用している製品では面白くない、といった理由と、最低限の必要な機能だけを優先させた結果、またしても近年のDAPに代表されるソニーやアップルではなく、KENWOOD、となってしまった。音質が素直でナチュラル、これが一番の決め手となった訳だが、内臓メモリーはmicroSDカードを加えて24GBとなり、さらには購入価格も壊れたCowonの3分の1の価格、昔のRioの6分の1の価格だからありがたい。

そういえば、30年前初めてニュージーランドへ釣りに出かける時に買ったソニーのハンディ8mmビデオカメラが約50万円、同時期にリコーのワープロ定価160万円を勤め先の組織購入割引価格で80万円、1997年に買ったパソコンが60万円、1999年にデジカメのメガピクセルが始めて世に出た時に買ったのが10万円、とどれもこれも今では持っていたとしても一円にもなりゃしないが、デジタル機器の世界は年を重ねるにつれ、技術の進歩もその価格も驚くべき変わりようである。

それに比べればアナログ的な釣りの世界は、30年前のカーボン製のチヌ竿もグレ竿も、リールもその他の用具も、技術革新や素材の変更等でそれぞれが素晴らしくはなったものの、ほとんど、いやそれほど驚くほどの価格変動はしていない。これには今更ながら驚きだが、技術革新が最優先に必要とされるモノと、時代がいくら流れても基本はそれほど変わらない、いや変えられないモノがお互いそれぞれに存在している、というのは面白いではないか。

この二つの対比をふと認識させられた時に、どんどん進化し続けるモノには当然ついてゆかなければならないし大切にしてゆかなければならないけれど、そうそう
変化しないアナログ的なモノも当然ながら同じような価値観で大切にしてゆかなければならない、という事に自然と気づかされてしまうのだ。−でふと突然に思い浮かんだのは、昔からの人間の基本は、食う、寝る、遊ぶ、のアナログ的なリズムで暮らしてきたし、今後どれほどに時代が変わろうともこのリズムの基本は不変なんだから、何気ない日常の中に在るアナログの大切さをもあなどるなかれ、といった事。
(06月17日
神経の突然死

一ヶ月ほど前から熱いものや冷たいものに対して、奥歯付近がほんの一時的だが少し痛むようになった。
先週には熱いものや冷たいものに対して、その10分後くらいから突然辛抱できないような激痛が襲って来始めた。ーで、こりゃあたまらん!、とばかりに早々に歯医者へ駆け込んだものの、レントゲンでは異常が見つけられない。虫歯や歯周病などでもなく、痛みの震源地は左あご一番奥の親知らずか、それともその横か、さらにはその横かもしれないし、それとも歯茎かもしれない、と先生はおっしゃるが、検査の結果でも痛む箇所の確実な特定ができない。この本人も痛みを感じている近くの歯で普通にバリバリ噛んで食べても痛みなどは微塵もないのだから、疑わしい周辺部分の確実な箇所の見当がつかない。

さてさて厄介なもんではあるけれど、そんな状態のため原因特定に数日様子を見るための治療を行なってくださった。
結果、昨日はっきりとした原因が判明したが、それは左あご一番奥の親知らずの横にある10年以上も前に治療した歯だった。
先生曰く、何年も前の治療後に神経近くに潜伏していたごく少量の虫歯菌によってゆっくりと歯の神経を蝕み、それほど痛みを感じずに数年後に神経が死んでいる(これを神経の突然死!と言うそうだが、)、その後にそれまでの痛みの無い慢性状態から、強い痛みを伴う急性状態へと変化することがある、との事だった。

突然死というくらいだから突然パタッ!、ではなかった、というところが非常に面白いけれど、そういえば突然運が向いてきた、だとか、突然元気になってきた、などとは言っても、その本質は決して突然にそうなったわけではなく、それまでの行いや心構えや、それに向って頑張ってきた事や、などなどのそれまでの長い時間の積み重ねの結果が大きく左右して、ある日突然、となるんでしょうねえ。そんな事はともかくも、昨日の治療後は嘘のように痛みは消え去り、後3回ほどで治療も終わり、また一気に元気を取り戻せるかと思うと、たまの歯の痛さを味わうのもまあよし、としなければ−。
(06月06日
時代は常に変化しながら流れ続けてゆくけれど・・・・・・・!

いつしか暴走族がいなくなり、いつしか車はノロノロ運転が大半となる。
いつしか若者の大半が軽自動車に乗り換え始め、ふと気がつけば、いつしか磯釣りも、徐々に衰退し始めている。
振り返ればもう35年も前から人口が減り始めているのだそうな。
そうして20数年前からの経済は、緩い下り坂を一直線に。そのためそれぞれの懐は確実に軽くなってゆく。
けれどもその反面、時代が進み流れ続けるにつれ、どんどん何不自由ないくらいに便利になり、何不自由ないくらいにモノが溢れてきているのだ。

もう随分昔のような気がするけれど、いつしか時代の活性が生み出したように暴走族が現れた。
いつしか車もスピーディな動きに変わってゆき、いつしか背伸びをするように若者の多くが大きな車に乗り始めた。
いつしか磯釣りの爆発的なフカセ釣りブームが全国的に巻き起こり、そうしていつしかバブルと呼ばれるまでの経済成長の勢いは、留まるところを知らなかった。
それぞれの懐は確実に重くなってゆき、まだまだ欲するモノは限りなく沸いてくる時代だった。

とにかくお金を使ってより楽しみの増える暮らしをする、お金が多ければ多いほど便利で楽しくなる、そんな時代が長く続いてきた。
けれどもふと気がつけば、お金をあまり使わなくても楽しみのふえる暮らしを生きる目標にする、どうやらいつしかそんな時代に確実に変わりつつあるようだ。

先日の京都再訪後に感じた事だが、どちらの時代であろうとも、この先どんな時代になろうとも、そんな時代の流れの中をそれぞれのペースで、時代に合わせるように、淡々と泳いでゆかなければならない事に変わりはないんだけれどもー。

(06月03日
ふと気がつけば、いつしか・・・・・・・

一昨日までは折り畳みチャリ二台で家人との
京都一泊二日旅行。例えば京都駅から上賀茂神社まで、南北の端から端まで走っても僅か10kmほどの小さい街だから一日もあればチャリでたいがいの場所へゆくことができる。加茂川沿いに一直線に延びた遊歩道を上流へ走ればものの30分で、いやゆっくり走っても1時間もあればもう辺り一面新緑眩しい景色へと変わってゆく。ゆっくりと観光地を巡るにはここではチャリは欠かせない。

ところで、初めて京都へやってきたのはもう42年も前の18歳の時だった。左京区浄土寺の鹿ヶ谷通り沿いにあるアパート、そこは銀閣寺に近く、予備校へ通うためであった。以来一年を過ごした場所でもあったが、懐かしさに引き寄せられるように、すぐ近くの法然院参拝のついでに立ち寄ることとなる。当時の建物はそのままだった、と思うのだが、どうやらもう廃屋になっているようだった。ーが、そのお向かいにある「和田食堂」、当時は常連客の一人だったけれど、どうやらまだ健在のようで、時間も丁度昼食時だったため、どうにも表現できないような複雑な気持ちで入っていった。

店主は息子さんへと代変わりしていたものの、1時間ほどは話に夢中になってしまい、「そんな事を知っているのはこの周辺では貴重な生き証人ですよ。」、とまで言ってくださった。もう当時からは随分と時間が流れてしまったけれど、空白の40数年間の時間の流れは確かに存在していたようである。

店を出た後時間が流れ始めるにつれ、懐かしい記憶はさらに鮮明に蘇えり始めた。かつての食堂は当時のままであるばかりか、かつての店主は現在の店主と同じ品の良さと、同じような容貌、同じ雰囲気の匂いを持っていたことが徐々にはっきりと想い出されてくる。いつしか40数年前にタイムスリップしてゆくような感覚にもなった。けれどもふと気がつけばいつしか驚くほどの時間が流れていたのだ。

帰りには何ヶ所かの寺院を巡り、八坂さんから祇園へ向う。京都を凝縮したような由緒ある茶屋や料理屋が立ち並祇園花見小路通り。けれどもかつての面影は間違いなく残っているものの、まるで一変してしまって、これこそがさらに進化した古都の雰囲気だ、と感じずにはいられないような素晴らしい通りへと変貌していた。
かつての特権階級などの限られた人が我が物顔(?)で歩いていた通りだったけれど、もう今は夕暮れ時にも関わらず観光客で溢れている通りにもなっているようだ。

たまに立ち止まったり振り返ったりした時に感じる事だけれど、いったい時間の流れって、何なんでしょうかねえ?
(05月10日
楽しくないものを楽しくするために

ここ数年というもの時間を持て余し気味になったのか、目的地に向って自動車やチャリを走らせていても、ふと気がつけばいつしかふらりと道草をしている、といった事が次第に多くなった。

−ほとんどの人間は、子供のころ、道草を大いに楽しむ生活を送っている。だが一般的に、なぜか大人になるにつれて自分自身がそうした時代を過ごしてきたことを忘れてしまい、やがては「道草には意味が無い」などと考えたり主張しはじめるようになる。−とウイキペディアには一般的な道草について記述してあるけれど、この定義からすれば最近の私なんぞは子供時代への回帰現象なのかもしれない。

ふらりと途中に目的もなく立ち寄れば、気のつくことがまた違ってくる。見えてくるもの聞えてくるものが、意外に新鮮かも知れない。それとも、忘れていた懐かしいものがあるかも知れない。ーといった気持ち以上にただただ目的地へ向って、だけではそれほどの変化も楽しみもありゃあしない。それじゃあ楽しくないものをどうすれば楽しいか、変化のないものをどうすれば変化をつけられるか、ーで、いつしか思わぬ寄り道の道草を行なうようになったが、これが実に楽しい。道草の効用とは案外こんな単純なモノかもしれないけれど。

一直線に目的に向って急ぐ生活もいいけれど、がむしゃらに脇目も振らない生活もいいけれど、子供の頃のような道草を大いに楽しむ生活、これは繰り返しになるけれど子供でなくなった大人の屁理屈でややこしく説明すれば、楽しくないものをどうすれば楽しいか、ということを考えていくと楽しい、その一つの方法がたとえば道草だ、こういう事なんですがね
(04月24日
巡りあわせ、という不可解な事

天気予報は幸い大外れとなり、途中からはカンカン照りで24度近くまでになった21日の下津井、好条件の中で大会参加者の半数以上がチヌを、で申し分のない大会となったけれど、夕方から翌日には予報どおりに大荒れでまたしても爆弾低気圧の襲来。例年のように開催が日曜日、でなかった事が結果として大正解となる。

僅か一日の違いが命運を左右する事などいくらでもあるけれど、どんな人も巡りあわせの善し悪しで人生が動かされている部分は多いものだ。
生きている途中においての幸不幸の巡りあわせ要因などは、その時々で数限りなく存在し、それは時として時代という大きな流れの中にも、また多くの知り会ったり触れ合ったりする人との中においても、同様だ。

自分一人の頑張りだけで乗り越えることができる事など、たかが知れている。
この事を、最近ますます身に沁みて感じ入るようになったのは、(特に釣り関係に関してはどうやらたまたま恵まれた運と、たまたま恵まれた巡りあわせ、それらにたまたま調子良く乗っかって来た自分に、)誰かがどこかから戒めるために、大声で叫んでくれているのかもしれないですねえ。巡りあわせというのは実に不可解な事ですが、、、、、。
(04月19日
<21日はスーパーバトルカップチヌ岡山大会!

今年は三年ぶりのバトルカップチヌ大会開催となる。一昨年は不況の影響を受けたメーカーの都合で、昨年は大震災の影響で、ーといった具合で近年はなかなかすんなり物事が、という訳にはゆかなくなった。すんなりと物事が進まなくなったのは何も釣りのイベントばかりじゃないけれどー。

前進、後退、現状維持、そのいずれかでもなく、どうも近年は特に退化しはじめたように感じてしまう磯釣り業界、使用する道具類や用具類の多さ、それぞれの渡船屋の磯釣りシステムの判りづらさ、何年も通わなければなかなか釣り上げる事が難しくなってしまった釣り場の環境、複雑であればあるほどマニアックな人にはたまらなく面白いけれど、そうでない人にとってはこれほど敷居の高い遊びはない。

誰にでも簡単にできそうで、シンプルで、手軽で、楽しみを得易い、本来の釣りという遊びはそんなモノだったはずだけれど、どうやら特に磯釣りに関してはシステムのインフラ整備も全く進歩しないばかりか、釣りの手段そのものも複雑になり過ぎてしまったような感じがしているんだけれども、、、、、。

そんな事はともかくも、明日は大会のお世話のため下津井へ出掛けてゆくけれど、多くの釣り人は久々にお祭り気分になっているに違いないだろうねえ、、、、。
(04月05日
<爆弾低気圧に遭遇してしまったキャンプ旅行!

一昨日は春の大嵐。台風並みかそれよりも凄い威力の、いわば結果としては、爆弾低気圧の襲来だった。
その日は先月28日からの九州でのキャンプ旅行の最終帰宅日。まあ長年の釣り師生活のおかげか天気予測にはそこそこ自信があったので前日にはテント泊を取りやめ、予定変更で急遽湯布院周辺のバンガローに泊まることになった。−が、翌日は悪天候のためにフェリー欠航、といった事までは想定していなかったところが間抜けなところでしたがねえ。

今回の行程は、自宅からは何度走ったか数えられない四国西南部へ向い、まずはフェリーで大分へ上陸した後南へ下り、桜島の噴火の様子を眺め、開聞岳の麓にテントを張り、もう最高の日和に三日も恵まれる。日目夜半からは春の大嵐が襲ってきたものの、翌日は運良く指宿から阿蘇までの移動日で、阿蘇山麓リゾート施設の整備されたキャンプ場で強風ながらも無事テント設営。
前日は20度近くの気温もこの日の阿蘇は一桁台、明け方の気温などは氷点下で真冬に逆戻りしたものの、延べ三日間の阿蘇の天候は最高の晴れ日和、翌日も穏やかな日和に恵まれ、まあこの七日間の日和といったらもう最高の贅沢気分を味合わせてくれたのだが−。

帰宅前日には阿蘇を出発し、久住、湯布院から別府へ向っている途中の由布岳を見渡せる志高湖キャンプ場、どうしても泊まりたかった場所だったが翌日の天候の事を考えるとバンガローキャンプに変更するより仕方なかったけれど、まあ利用したバンガロー6畳と3畳の部屋、ベランダ、専用バーベキューハウス併設)も温泉も景色も宿屋のおかみさんも最高。さらには帰宅日早朝からは併設された温泉でくつろぎ、フェリー乗り場へ到着するまでは生きていて良かった、などとしみじみ感じていたものだった。


−が、やはり春の天候急変は予測以上であった。白馬が海面を無数に走り、風は立っていられないほどの台風並みの威力。当然ながらフェリーは今後もとても運航できるはずがない。湯布院から別府経由で臼杵まで走ってきたものの、再度別府へ向い、北九州の小倉ICを目指す。瀬戸大橋が通行止めになっていれば万事休すだけれど取り敢えずは山陽道経由でという判断の元、結果的に時間はかかったものの深夜には無事帰宅で一安心といったところ。

今回のような予定どおりにゆかない事など今までいくらでもあったしこの先まだまだあるに違いない。だからこそ人生は結構面白いなあ、と最近ようやく少しだけ感じ始めているんだけれどもねえ。
(03月11日
仕方なくても仕方ない!>

昨年のあの日から一年経った。阪神大震災からはもうすでに約十七年と二ヶ月の時間が流れてしまった。振り返ればすべてはアッという間の時間の流れである。
時間は常に人間の失意や失望、希望や夢などをすべて抱え込んで、と同時に人間の思惑などにはまるで無関係で無視するかのようにどんどんと絶え間なく前へ向って流れてゆき、この事は誰にも止める事はできない。

極めて個人的な考えかもしれないが、それまで絶対的だと思っていた価値観や幻想は、時としていとも簡単に崩れてしまうものだと感じているし、不合理、不条理は世の常だ。
起こってしまった事は仕方ない、仕方なくても仕方ない。何かを失えば何かを必ず得る、何かを得れば必ず何かを失ってしまう。失おうが得ようが生きるという事に変わりはなく、何もかも失った後にでも流れてゆく時間のその道の先には必ず光があるものだ。

この一年でそんな事を東北の多くの皆さんから教わったのは、たぶん私だけではないだろうが、、、、、、。
(02月25日
<深刻に悩む事がなくなってきた、という悩み?!
いつの頃からか、深刻に悩む、といった事がなくなってきたようだ。
元来人一倍欲張りな性格からか、思いどおりにならない事、ままならない事に対して、あれこれと思い悩んできた日々がかつては多くあったような気もするが、時間を重ねれば重ねるほど、いつしか悩む事に対しての諦めにも似た潔さが育ってしまったのかもしれない。
その時は極端にいえば、死活問題だ、と大騒ぎ状態の事だったにしても、過ぎてしまえば不思議とたいした問題ではなかったんだ、といった事の繰り返しだったような気がしている。

特にこれから迎える春先の釣りシーズン、一年中で一番海水温変動激しい時期となり、釣果はその日まかせで全くといっていいほどアテにならなくなる。
かつて取材、取材の連続だった頃のこの時期、毎年各地へ出かけ、慌ただしい日々を過ごしていたが、特に鹿児島でのカタログ撮り、対馬や伊豆での撮影、これらの現場では当時本当に悩まされたものだった。思うような結果にならない、けれども何とかしなくてはならない、されど何ともならない、大きな自然相手に悩んでもしょうがないのだが、結果神経性胃炎で胃がキリキリと痛む事があった。
またある時期には釣りに出かけるのが多過ぎたのか、満足に釣りができなくなった。当時はこれも死活問題で相当悩んでいたような気がするが、原因は右腕の非常な痛みを伴う腱鞘炎、これを治すために知人の病院へ通い、いったい何本の神経ブロック注射を打った事か。

まあ釣り関係だけでもいろいろと悩まされてはきたけれど、振り返ってみれば、結果としては悩みに対する免疫力は相当ついたんじゃないか、と自負している。
悩んでもしょうがない、ならない事はならないがその後はなるようになる、何ともならないと思っていた事でも、時が経てば何とかなっている。こんな簡単な理屈を理解できるようになるまでに随分と遠回りをしてきたような気もするけれど、、、、、。

さしあたりの悩みは、深刻に悩む事がなくなってきた、という悩みかもしれないがー。
(02月15日
インフルエンザ流行中、だそうです
流行には乗り遅れるな!、−といった事は普段全く意識もしてないのに、また乗りたくもないのに、昨夜より頭が痛い、体がだるい、咳が出る、熱も出た、関節の節々が痛い、鼻は詰まる、耳鳴りがする、今回はもしかして・・。

ここ数年風邪をひくことはあっても、胃が痛んだり、少しの咳や鼻水が出る程度の軽症だった。−が、人生いつまでもそんなに甘くない、今回は自己診断での度合いからすれば、中症程度か。どうやら久々に付き合いたくも無い相手とここしばらくは付き合わなければならないようだ。

いつしか立春も過ぎ、夜明けは早く夕べは遅くなりつつある。季節のうつろいは狂いもせず正確なリズムを刻んでくれているが、もう一月半もすれば桜の咲く季節ばかりか暖かくもなる。
そんな季節到来前の厄払いだと諦めるしかないのだが、皆さんどうぞお気をつけあそばせ。

(02月01日
習慣とは恐ろしいモノ?!
近年は社会の嫌われ者になりつつある愛煙家だが、愛煙家になって40年近くが過ぎた。−が、途中二度ほど縁を切った事がある。一度目は社会人になった24歳の時、二度目はアユ釣りに夢中になり始めた時、のいずれも3年ほどの間。前者はまあ一つの区切りとして、後者は川の中ではたびたび濡れてしまい面倒だ、といった単純な理由からだった。

昨年末からは何故か部屋のヤニ臭いのが鼻につき、いまさらながら家人などにも迷惑千万なので、タバコは屋外でしか吸わない、吸いたくなったら外へ出る、これを実践しているが、これにより吸う本数は以前の半分以下に激減してしまった。(それでも結構吸ってはいるが−。)

それまではパソコンの前へ座ればついつい一服といった調子が習慣づき、それほど吸いたくない時でも、いつしかプカリ、プカリ、で気がつけば一箱くらいはすぐになくなり、灰皿はもう吸殻の山で溢れていたのだ。

また最近の寒さに対しても、寒ければすぐにストーブを入れ部屋という部屋を必要以上に暖めるといった条件反射的な長年の習慣を断ち切り、少しくらいの寒さでは暖房を行なわない、温室育ちで抵抗力のない生活も快適だけれど、少しはガマンと忍耐、さらにはすべて機器類に頼らず寒さ対策の工夫を自身で行なう、といった事も実践し始めた。

どうも生活が便利になり過ぎると人間の習慣もいつしかそれに慣らされてしまい、どこまでも快適さを求めようとする欲ばかりにいつしか支配されてしまっている情けない自分からの脱却かもしれないが、、、、、。そんな事を実践し始めて気がついたのは、最初から寒さに対しての覚悟(?)ができているためか、実はそれほど精神的にも寒さを感じないのは不思議な事だ。
不自由な中で工夫を行ないながらも快適に遊ぶ、といった釣りやキャンプなどのアウトドア遊びでは当たり前の事ではあるんだけれども−。

習慣とは恐ろしいモノで、何の疑いもなしに以前の延長線上の生活を続けてゆくのはある意味簡単で快適(?)だけれど、習慣を一度見直しちょっと変えるだけで以前よりより新鮮で、より快適感を味わう事ができる事に遅ればせながら今頃になってうっすらと気がつき始めるとはねえ。
(01月22日
新たなる決意?!
50歳、60歳と年を重ねるにつれてどんどん元気良くなってきた、これははっきり言って、いわば空元気である。もっと言えば大嘘である。
自分が60歳を体験している今、そんなはずは絶対にない、とだけは断言できる。実際わたしゃあ現在も元気そのもんであるけれど、やはり一年前いや十年前はもっともっともっと元気だった。二十年前などは、いや三十年前などは三日徹夜して釣りに行こうとビクともしなかった。毎週徹夜で西海への釣行をシーズン中に50回続けてもへっちゃらピンで、残りの週半ばなんぞは仕事を終えた後は毎晩飲み屋街を深夜までうろついている、といったとても褒められたもんではない日々の連続、でしたかねえ。

まあ過ぎ去った事を言ってもしょうがないけれど、年を重ねると徐々に弱ってゆくのを感じているだけに、世の多くの60歳を越えた老人(?)は表向きには以前よりも元気になった、と言いたがるのはやはり自分の衰えを感じ始めた裏返しの言葉でしかないのが常なんですねえ。他人の言葉などにはだまされちゃあいけませんですよ。

体力の元気さは前述のとおりなんですが、ところが人間精神力の元気さ、というものもある。これは体力の衰えを感じ始めると、それじゃあ精神力だけは元気だった頃よりもより元気で、といった気持ちになってくるのが常で、まあ元気は元気でいいじゃない、それぞれが勝手に元気だと思っていればそれで何の問題もありゃあしない。

けれど、まあ少なくとも80歳の老人よりは60歳のわたしの方が遥かに元気で、40歳の中年よりは20歳の若者の方が遥かに元気だ、という事で、それぞれがそれぞれの年代を元気に生きる、10年ほど前から何を思ったのか、50歳は50歳の生き方を、50歳でなければできない事を、と思いながら生きてきていつしか気がつけば、はやもう60歳。明日に迫った春節(旧暦のお正月)に向けての新たなる決意
も、60歳は60歳らしい生き方を、また60歳でなければできない生き方をしたい、とは思っているんですが、、、、、。
(01月07日
新年早々の一石三鳥
元日が過ぎ去った2日、家人のノートパソコンが突然調子悪くなる。−で、翌日3日の初売りチラシに釣られ、我が家の貧乏根性丸出しの二人は近所の山田
電気で限定10台のノートパソコンを求めるべく、開店の二時間近く前から(もうすでに30人目くらいではあったが)寒風吹き荒ぶ中で二人揃って並んでいた。(まあ参加するだけで買うことはできないだろうな、と思いながらもー。)

が、お目当てのパソコンと40型TVのこの二品目については先着順の権利ではない。この二品目だけの並び列に70〜80人ほどが集まった頃、抽選のためのくじ引きが先着順に配られる。残念ながらここでおそらく20名以外の人は撤退を余儀なくされるか再度先着順に渡された番号札の順に当たりクジを引き当てた人の後列に並び直す。当たりクジを引き当てた人は前列から順番にどちらかを購入できる権利が得られ、はずれくじで後列に並び直した人にも限定台数に達しない場合には権利を貰える、といった方式だった。

クジは運良く、さらには前列の大半の人は不満顔一杯で撤退してしまい、どちらでも買えてしまうとなればTVなんぞは買う気もなければ必要もなかったけれど、アクオス40インチが¥39,800.−、この値段は非常に魅力的だった。となれば、もうこの際両方をそれぞれが一台ずつ、という判断になってしまい、結果TVはおやじに、並び賃を加算して、¥50,000.−で売りつけた。故に、格安で買えたパソコンがさらに¥10,200.−引きの勘定となる。

正月早々悪どい事をしてしまったようだが、かなり以前に買ったおやじのアクオス32インチTVは¥360,000.−(液晶の出始めは非常に高価だったのです。)と今では信じられないような値段だったためか、今回は買値より高く買わされたおやじも何故かニコニコ顔。新年早々に家人も私も、おやじも皆が一同にバンザ−イ!、−で一石三鳥とは。
けれどもこんな、“濡れ手に粟”、といったような事はいつまでも続く訳がない。なので、今年の今後は特に気をつけなければねえ。
(01月01日
新年快楽(しんにぇんくぁいるぁ)!
成熟社会となって久しい我が日本、こちらもいつしか、伸び盛り、喰い盛りの10歳20歳はもう遥か昔となってしまい、もう後は伸びないよりは収縮してゆくかもしれない60歳を越えてしまった。
幸い今まで成熟しつつある時代の流れに乗って運良く成熟してしまったけれど、振り返ってみれば、さてさて今後の時代は以前のようにすんなりとゆくはずはない。伸び盛りの時代はいつまでも続かないのが世の常だけれど、どんな時代を迎えようともまずは自分が元気であることが何よりだ。

ーで、まずは元気は“気”から
、だ!。ーと声を大にして新年早々に叫んでおきましょう。何故なら、元気という字は、気の元という漢字の組み合わせだからねえ。
あれれっ!、新年早々、しょうもない事を書いていますが、どんな時代になろうとも、いつも元気でゆきたいモノですネ。本年もどうぞよろしく!
(12月15日
あらゆるモノが時代の流れの中でどんどん変化してゆく!
今年の冬は結構小春日和になり、三日に一度程度の吉野川沿いのサイクリングはいつも非常に快適で、昨日も40kmほど走ってきた。
−が、つい最近県下最大のショッピングセンターが近所にできたためか、チャリでいつも走っている細い町道などは車だらけ。閑散としていた農道などももう以前のようにスイスイとは走れなくなった。10年ほど前までは、静かで田畑ばかりののどかな地域だったのになあ。

アウトドアやスポーツのショップ、ホームセンターや電気屋、スーパーの進出などがここ10年ほどの間に何軒も相次ぎ、二軒あるユニクロなんかも自宅からはすべて2km圏内なので、チャリでも10分以内であらゆる店へゆける。そのため買い物にはたいそう便利で良いのだけれど、、、、。

最近チャリのスピードメーターが狂い始めた。もう5年以上も酷使しているんだからしょうがない。南向きの陽が差す庭で時折音楽を聴くのを相変わらずの楽しみにしているが、その戸外に置いてあった機器もどうやらアウト。買い直しはテントもそうだ。先日倒産してしまった小川テント系列の製品を長い間愛用していたけれど、どうやらフライが紫外線にやられて色褪せばかりか防水効果もダメになってきた。−とまあ身近なところにも時代の流れは否応なしに押し寄せている。

すべては変化しながら時代はこの先も否応なしに流れてゆく。変化する場所を狙って仕掛けを入れるのが釣りの大原則だが、釣りと同じように変化している所には多くのチャンスも転がっている。−と思って苛立つ事やらままならない事も多いけれど、まあ悪い変化に対しても少しは寛容にならなければねえ。
(12月05日
日本で最初に“フィールドテスター”というシステムを作ったのは、Daiwaだ!
日本で始めて“フィールドテスター”という呼称を使い始め、釣り人との相互関係やその制度をはっきりと形として世間に打ち出したのは、Daiwaが最初で、それは今から30年近く前だった。
Daiwaとはその1〜2年前からなんとなくのお付き合いはあったが、ある日突然自宅にライフジャケットが送られてくる。その背面には、”Field Tester
”という文字とその下にはご丁寧なことにこちらに何の断りもない、“薄墨 賢二” の四文字が在った。

“−ん?何これ?”、−とばかりにかつて英語圏で暮らしてた家人にすぐさま聞いてみた。すると、“こんな英語の表現などない。何かの造語か和製英語に違いないよ。”−と軽くあしらわれる。
まあそれはいわばメーカーの用心棒?みたいなもんで、モノを提供するからそちらも協力してくれ!、といった意味だった事はその当時でも容易に推察できたのだが−。

他社に先んじて初めてのテスター制度をスタートさせたDaiwaは、大きな戦略の一つとしてカタログやTV番組で世の中にこのシステムを認知させ、業界トップのメーカーとしてさらなる売り上げ拡大を狙い、その後の時代を牽引してきたのはもう周知の事実だが−。

ところで、テスターは1年毎の契約で、この時期には年末恒例行事(?)のようにDaiwaの担当者が徳島にやって来て、来年度のテスター契約等についていろいろと打ち合わせをおこなう事となる。
それは先週の事だったが、今回でもう何度目だろう?いい加減にそろそろ潮時だと感じ始めてからでももう何年にもなるが、また未練もなければ自分から頑張って、などという気持ちもさらさらないが、まあ自分の意思や感情よりも、相手が必要としてくれている間は自分なりに頑張らなければ、といった気持ちにまた今年もなってしまっている。

自分からは頑張れない、といった性格は相変わらずだが、
長年の付き合いはなかなか情も絡んでややこしい。−が、まあせっかくのこのシステム、時代も変わり社会情勢も一変した今となっては、スタート当初とはその内容は驚くほどの様変わりをしてしまったが、後輩育成だけはしっかりと今後も継続して行なわなければならないし、同時にこのシステムだけはどんなに形を変えようとも継続していって欲しいですからねえ。
(12月03日
無駄な事が無駄でなくなってきはじめている!?
連日安定しない日和が続き、20度を越える日があったりその翌日は10度そこそこの寒さ。これでは体調管理も厄介だが、まあ暖かければ自転車で快適に走ることができるし、寒ければ焚き火も楽しめる。秋と冬の日替わりメニューのような面白い季節が流れているけれど、先日大分佐伯の釣友から、まあ素晴らしいギフトを送ってくださった。(先月わざわざ奥さんと我が家へやって来て、こちらとしては大したお世話もしていないのにー。)

それは、アオリイカに金目ダイ、マダイ、カマス、関サバ、関アジ、イワシにスルメイカ、チリメンなどなどと盛りだくさんの干物の詰め合わせであった。
近年はほぼ毎日魚を食べている日々だが、とにかく一番の好物は干物であるからたまらない。せっかくのこれ以上のモノはない、といった新鮮な高級食材を届けてくれたとなれば、
それらのほとんどは七輪や焚き火台での炭焼きでなければ申し訳ないしもったいない、とばかりに早々にキャンプで手馴れた調理で美味しくいただき、まあもういつ死んでもよい、と少しだけ感じたような、感じなかったかのような気分でしたかねえ。


焚き火に狂い、キャンプに狂い、釣りに狂い、自転車に狂い、山へ出かける事に狂い、音楽に狂い、植物いじりに狂い、パソコンに狂い、まあその他に女にも狂ったとかいろいろな事にその時々で書ききれないほど狂って生きてきたけれど、それらは断片的で他人からすれば病人扱いされたところで、いつしかそれらの断片が不思議とどこかで繋がるんだといった事の一面を感じたような気がしてならない。

一見すれば無駄な事に夢中になっていても、振り返ってみれば、無駄な事が無駄でなくなってきはじめている、最近特にそんな想いが強くなってきているんだが、、、、、。(干物のスナップを右タグに追加。暖を取るための火である置き火を作り、その置き火の加減で焼き上がり具合をコントロールする、これが手馴れたキャンパーの技、と自画自賛しておきましょう。炭火では火加減が強くなり過ぎて焦がしてしまうことも多いですからねえ。)
(11月25日
私生活でもついに60オーバー達成で複雑な心境だが−!
目指せ!60オーバー、グレでもチヌでも60cmオーバーが釣り人にとっての一つの目標である。
−で、手前味噌で恐縮だが、幸いというか、運良くというか、40歳前半にはもうすでにそれぞれの目標は達成してしまったが、そうすればその次には、といった欲望は留まる事を知らないが、振り返って考えてみれば、ある目標を達成すれば確実に一つの節目を越えてしまった感は否めない。

ところで、一昨日ついに60歳を向えてしまった。いわば、世間では完全なるジジイである。
3歳を過ぎた孫がやって来るたび、“ジィージィー!”と呼んでまとわり付く。“−ん?”、“このガキャー、いっぺんシバいたろか!”、それまではそんな心境だった。
でも元気で生きていれば人間誰しも必ず通る道で一つの節目を越えてしまった以上“目指すな!60歳オーバー”、と思って踏ん張っていた気持ち、実に往生際の悪い、潔くない自分がいたが、これからはもう孫に対しても観念せなしょうがない。

今後このまま元気で生きてゆけたとしたら、おそらくはまだ20年はピンピンしていられる筈で、84歳を越えたオヤジなどは昨日も夕方から深夜まで鳴門の波止でアジを狙って這いずり回っていたそうな。
まあそんなオヤジの息子だ、とりあえずはそれぞれが元気で生きている事だけにでも感謝しなければねえ。
(11月05日
すべての遊びに事前準備は欠かせない!
9月下旬から10月初旬にかけて急激に寒くなった。来るべき季節に備え夏物の衣類を仕舞い、布団も取替え、外へ出れば発熱素材下着やらダウンジャケットやらを、またサイクリング用の冬物ウエアーなどなどをすでに沢山持っているのにさらに必要以上に買い漁り、また焚き火のための薪割りにも精を出した。(これも沢山用意してあるにも関わらず。)とにかく事前準備は誰よりも早くから行ない始める、といった性格は釣りに狂っていた時代から治らない。

ところが先月の中旬あたりからもう11月の初旬まで連日24度近くのこの暑さ、急遽仕舞ったモノをまたまた引っ張り出してここ半月は半袖のシャツ一枚で事足りている。まあ寒いのが大の苦手だから嬉しいんだが、、、、。釣りは周年いつでも即座に出かけられるような準備は万端なんだけれど、それ以外の準備はまるでアテが外れたような感じで、なかなか思ったようにはならないものだ。

せっかちな性格は今後も治りそうにないけれど、また余計なモノをいつもいつも必要以上に用意するといった慎重過ぎる(?)性分も治りそうもないけれど、
まあ足りない思いをするよりはましだ、と思っているからなお始末が悪い。そういえば誰とはいわないけれど釣り名人と呼ばれている友人達の必要以上の事前準備に驚かされた事が過去に何度もあったが、これってもしかして釣りに狂ってきた人間の一番の特徴なんだろうかねえ?
(10月05日
西山徹さんの愛した(?)北海道!
何と間抜けだったんだろう、今回の北海道に関してふと想い出したことがある。
薄墨さん、北海道に家を買ったからぜひ遊びにきてください!」 もう十数年前のお誘いの話である。お誘いの主は、フライフィッシングやバスフィッシング、ソルトウォータールアーフィッシング、における草分け的存在であったあの西山徹さん。

彼がダイワのフィッシングキャスター時代、また多くのイベントの度ごとに、何度も彼とはご一緒させていただいた、あの時代のいわば“同志の仲間”である。
彼は高知県南国市出身だが、同じ四国出身で年齢も三歳違い、といった事で後輩の私には非常に優しく接していただいた記憶がある。その後彼が日本の釣り界で押しも押されぬ第一人者となり、これからさらに、という時に残念ながら2001年3月に食道癌のため亡くなってしまう。おそらく亡くなる2〜3年前に釣り三昧の日々を夢見て北海道にもう一軒の家を求め(別荘)、こっそりと私にも教えてくださったんだろう。

釣り師は大体が自分の取って置きのゴールデンポイントといったものはなかなか他人には教えないものである。けれどもあの西山さんが家まで用意するほど北海道の釣りの魅力に取り憑かれていた事、そうして仲間内だけで心ゆくまでプライベートの釣りを楽しもう、といった気持だった事が、今になってしみじみと解るのである。

今になって想い起こせば、あの時確かに眼を輝かせながら 「北海道での釣りは最高ですよ!」 そんな事をおっしゃっていたのが不思議と脳裏に鮮明に蘇えってくる。
北の大地の持つ限りない魅力の一つをまた想い出させてくれたようであるが、それにしても今頃想い出すとは何と間抜けだったんだろうねえ、このワタシャあー
(10月04日
毎年北海道を目指すのは釣り目的、そんな友人が少なくとも二人はいる。おそらく北海道は多くの本土の皆さんが知らないような釣り天国なんだろう。
元来竿を握れば途端に性格が変わってしまう、と思っている私なんぞが釣り目的で出かけたら、もう大変だ、ただでさえ何にでもハマってしまう人種なんだがら。

で、出かければ釣り天国の匂いも多少プンプンしないでもないが、それには極力鼻を摘み、とにかくアウトドアでのキャンプや焚き火、温泉巡り、などなどに徹しているのだ。まあこれにもいつしかハマってしまってはいるけれど、、、、、、。


ところで先日掲載した北海道のスナップ、それまでにも出かける度ごとに数多くの情景をカメラに収めてきたけれど、今回は北海道の魅力のほんの一部に過ぎないが一度くらい掲載しても、といった気持ちで載せたんですが、北海道の雄大な魅力と自然の持つ美しさ、多少なりとも感じていただけたでしょうか?出かけるチャンスがあるならば、いつかは一度北海道へ、ぜひぜひお勧めしておきましょう!
(09月30日
釣りもいいけどキャンプも最高!どちらもアウトドア共通の工夫を要する遊びなんだけどもー!
先日来のあっという間の時間が過ぎ去り、26日帰宅。
この時期の、それも一週間前後しか観れない銀泉台
の紅葉、能取湖の真っ赤なサンゴ草群
、まずはこれがきっかけとなって急遽出かけた今回の北海道キャンプ、やはりいつものごとくに期待以上の、また台風15号の影響などと不測の事態等いろいろありました。いろいろあって計画どおりにゆかないところもまた旅の楽しさなんですがー。

まあ百聞は一見にしかず!、−という事で、今回は踏み込んで北海道の要所要所のスナップを掲載しましょう。釣りもいいけど北海道のキャンプ旅行、最高ですよ。
右タグの “釣りではないスナップ” からごらんください。但し、今回は900枚ほどのスナップから70枚近くを掲載しようとしているので大変な作業でしたが、とり急ぎ。後日徐々に修正、加筆しようと思っていますがー。
(09月13日
日本一早い紅葉は?>
秋といえば待ちかねていたグレ釣りシーズンインの季節だった。かつては9月の第二週ともなれば決まったように西海(四国西南部)へと走り出したものだったが、ここ十年近くのグレ釣りのシーズンインはいつしかズレにズレて12月の半ばとなってしまった。海水温の下がり具合の影響からだろうけれど、それにしても磯のグレ釣りに関しては随分と様変わりしてしまったものだ。季節はそれほど狂いもせずに四季折々にそれなりの移ろいを見せているのにねえ。

ーで、せっかく訪れた今年の秋は一足早い紅葉を観てやろう、 善(?)は急げ!早く出かけないと大雪山の紅葉が終わってしまうぞぉぅ、−とばかりにまたいつもの悪いビョーキが突然再発したようだ。(残念ながら近年は釣りのビョーキからは開放されている、というのにねえ。)

目指しているのは北海道大雪山系にある銀泉台と黒。せっかく出かけてゆくのならキャンプは絶対条件で、また近辺の山歩きも外せない。ついでに、過去三度も出かけたのにそのたび毎に熊出没により叶わなかった知床五湖の散策、定番となった摩周湖、屈斜路湖、阿寒湖、オンネトー湖巡り、さらには大沼、駒ケ岳周辺でのサイクリングも、などなどと欲張った事を考えればまた今回も2500km近くは移動しなければいけない事となる。


思い立ったが吉日、とばかりに急遽3日後の出発に向けての旅行プラン作成とキャンプ用具の準備などなどのために、ここしばらくは目の回るような慌ただしさとなる。
最初に訪れた2003年から北海道の自然に魅了されたようなウイルスに感染し、すっかりビョーキにかかってしまったようだが、どうやらここしばらくはこのビョーキの治療薬、どこにも見つかりそうにありませんわい。それにしても唐突な行動とフットワークの軽さはいつもの事で、これも自身の持っているビョーキの一種なんだけれどもー。
(09月06日
台風一過でやがて秋。パソコン整理中にふと見つけた懐かしい写真を公開しましょう。この二枚しか残っていなかったんですがー。
夏が最高の旬を向えるヒラマサのスナップですが、釣りに出かけていればこんなにも大きく、美味しい魚とも出会えるんだよ〜ん!、という意味を込めて。
右タグの“ヒラマサのスナップ”からどうぞ。

(08月10日
チャリからの落車で5mほど吹っ飛ぶとは、トホホ!

夏本番、猛暑到来となれば何故かそわそわとして外へ出かけたくなるのは持って生まれた性なのか、最近またおっさんチャリダーは本格的(?)に走り始めた。
体を鍛えるにはチャリで山を登るに限ります。ーとばかりに近くの大坂峠の頂上や鳴門公園の千畳敷まで、とまあそれほどたいしたことのないコースから始め、先週にはまた吉野川沿いを上流に向っての片道50kmほどのコースを走りはじめた。河川沿いの堤防サイクリングは上流に向って30kmほど続いているが、かつてはあれほど賑わっていたアユ釣りのかんどり船などは一隻も出ていない。さらには釣り人の姿なども中流域までの間は皆無に近い状態だ。まあそりゃあそうだ、アユが釣れていればこの自分もこの時期チャリなんかには乗っていないんだからねえ。

ところで先週の事、いつも乗りたおしているスペシャライズドのクロスバイクばかりでは、ともう一台のKHSの折り畳みのスポーツバイクを久々に使用しようと車に積み込み、ある場所へ出かけていった。車を止め、チャリを降ろし、組み立てる。風も無く、頭上からは灼熱の太陽が容赦なく照り付け、焼け付いたような路面からの熱風はたまらない。噴出してくる汗の中で早く組み立てて走り始めなければ、と焦ってしまったのが最初の大きな誤算だった。乗り始めれば風を感じた涼しさが体一面にひろがってくる。爽快、爽快、けれども何故かいつもの乗り心地ではないな、と感じながらもさらなる涼しさを求め、スピードを上げ始め少し左折しようとハンドルを切った瞬間にそれは襲ってきた。

いきなりチャリは固まったように突然に急停車してしまい、当然ながら動いてゆくはずのモノが途端に止まれば体は不意打ちを喰らったようにその場からいきなり空中に投げ出されてしまうからたまらない。何が起こったのかどうかも理解できないままに空中に放り出された後は、不思議とまるでスローモーションを見ているような感覚で飛んでゆく自分の姿があった。左に向って飛んでいるのだから左手首の時計が壊されては適わない、とばかりにまずは着地に左の手を着き、そのままでは膝直撃打撲もたまらないとばかりに次の行動は、昔柔道の授業で習った一回転した受身に持ってゆくことであった。実際は二回転ほどになってしまったが、、、、。


転んで止まった後に、まずは周辺を見渡し、”幸い誰も見ていなかった。”、といったまずは変な安堵感。その後にようやく少しの痛みというか打撲の熱さを感じ始め、最初の一撃で路面のコンクリートに打ち付けられた左膝部分のズボンの破れと少しの出血のスリ傷を確認し、それでもまあ結果たいした怪我もしなかったが、カッコの悪いぶざまな一日となってしまった。

その足で早々にチャリ専門店へ駆け込み、不具合の修理を持ち込んだところ、前輪ハンドルの組み立てが逆だった、という笑えないようなうっかりミス。まあ二度目のカッコ悪さに穴があったら入りたいような心境でしたねえ。膝の擦り傷はそれほどたいした事はないものの、少し内部の肉が見え隠れし、絶えず屈伸する場所だけに治るまでここしばらくはチャリに乗れそうもないし、右肘と腰周辺は打撲で傷むし、まあ現在の心境は、情けない!、の一言です。
(07月21日
時間はあるけど金はない!

日々まじめに(?)コツコツと暮らしていても、同じような生活リズムの繰り返しが続けば、その合間には少し気分転換が必要となってくるのは誰しも同じだろう。
ーといった理由かどうなのかまあ少し違った場所へでも、と何故か先月は上海、今月は北京へと家人共々出かけていた。三泊四日程度の国内旅行とくらべても遥かに遥かに安い値段なので、時間はあるけど金はない!、といった今の私なんぞには少しどころか大いなる気分転換には申し分のない場所だった。(上海へは二度目だったがー。)

どちらも田舎モノには圧倒されるような大都会、上海蟹や北京ダックを喰らい、上海浦東空港までの30q程の距離を僅か7分あまりで運行しているリニアモーターカーの最高速度が一瞬431km/hを示したのには驚きだったが、北京王府井の大繁華街でのサソリ(生きたままのやつ)の串刺しにはど肝を抜かれ、それほど期待もしていなかった天安門や紫禁城、天壇、万里の長城の圧倒されるような造形物、やはり百聞は一見にしかずで、あらためて中国の懐の深さを垣間見た気がしましたねえ。

ちなみに、浦東空港免税店でのタバコは1ケース120元(約¥1,500.−)、関西空港免税店では¥2,800.−。近所のタバコ店では¥4,400.−。(いずれも銘柄は、PIANISSIMO One)
普通に買わずに免税店で買えば、¥4,400.-¥1,500.=¥2,900.
-とこんなにも安く買えるんだから愛煙家は15ケースも買ってしまえば上記二回分の旅行代金は只も同然。

国内持ち込み制限本数で引っかからなければ、の話ですが、引っかかれば税金払えば大丈夫ですので、これは自己責任でー。
まあ一方では結果としてタバコ買出しツアーみたいなセコイ旅行になってしまった私なんですがねえ。
(06月30日
熱中症には要注意!

今年もまた季節は例年どおりにはゆかない状態が続いているが、ここ数日のうだるような猛暑。まだ六月だというのにねえ。
連日33度前後、いや道路の路面温度は40度近くにまでなっているためか、自転車で走っていても、あたりの空気はまるで温泉に浸かっているかのようだからたまらない。

数年前の八月、丁度現在の楽天マーくんと日本ハムハンカチ王子がまだ高校生の頃に甲子園で最終の決勝戦を行っていた。その日の最高気温は確か38度近くだった。
その日までに徳島から松山までの300km、松山から今治までの60kmの道程をひたすらチャリで走り、今治のサンライズ糸山というサイクリングターミナルにようやくたどり着いたのは午後二時過ぎだった。
しまなみ街道の通行券購入と一休みするために立ち寄ったのだが、ロビーに置かれたTVでは猛暑の中の決勝戦に多くの観客がどよめいていた。少しだけの観戦後その日の内には因島まで走ろうと思っていたために後ろ髪を引かれる思いでまたチャリを漕ぎ、憧れであったしまなみサイクリングを酷暑の中快走するはずだった。

一つ目の橋を渡りきった頃から容赦ない真夏の太陽はそれまで以上にますます勢いを増し襲ってくる。少しくらくらしながらも、けれどもまだその時には気が張っていたのかもしれないが、「アー!疲れた!」 程度だった。突然後輪がパンク。まあ自分で修理をし、少しの時間休んだ後に、さあそれではー、と走り出したがどうもそれまでとは勝手が違う。体が重く、妙にだるく、前へ進む事に次第に苦痛を感じ始めたのだ。

まだまだ先は長い。今回はどうしても広島経由で山口県の萩まで行こうと決めていたために、無理は禁物と持参のテントで取り敢えずは野宿。まあその日はそうそう大事には至らず、翌朝また走り始めた。けれどもやはり体は重く、暑さは容赦なく襲ってくるためか快適な状態でのサイクリングにはほど遠い。途中何度も休み、水分補給をしてもどんどんどんどん体は重くなる。風は凪ぎ、頭上からの灼熱の太陽は容赦なく襲いかかり、路面からは照り返しの熱風でもう放心状態になりながらも、取り敢えずは昼ごろには因島のキャンプ場にたどり着いた。

まだ昼過ぎなのにだるさを感じるばかりかやたら眠い、普通に歩くことさえままならないばかりかさらには吐き気も襲ってくる。頭痛も酷い。それまでに経験した事のないような状態で、後で判ったことだったが、あの時は間違いなく熱中症に襲われたに違いなかった。昼過ぎから夕方近くまで木陰で休み(木陰といっても風も無ければ全く涼しくもなかった。)、食べたくもないが食べなければその後の体力が持たないとふらふらしながらも近くのレストランで夕食をとり、けれどもしばらくしてすべて吐き気と共に戻してしまうとはー。

今考え直せばぞっとするような体験だったけれど、やはりあの時は「もしかして死ぬんじゃないか?」と少しだけ感じたような気がするが、暑さには人一倍強い、といった自信を持っていただけに、知識を持っていなかった、というのは怖いもの知らずというか恐ろしいものですねえ。

その後まだ懲りずに、真夏の長距離サイクリングが好きで何度か走りに出かけたけれど、いくら注意をしていても、又もや二度ほど “これはやばい!” −といった体験をしてしまったので、もう今後は本当に改心して暑さ対策には十分過ぎるほどの注意を怠らないように、とは心底考えているんですがー。

熱中症に関しての基本知識は、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%B1%E4%B8%AD%E7%97%87 。
簡単に解説するなら、熱失神、熱痙攣、熱疲労、熱射病、のこれらすべての種類を総称して、熱中症というんですが、マスコミでよく言われているような、こまめな水分補給だけではとても防ぎきれるもんではないので、ご注意を!
(05月24日
魚には感謝!

昨日は少し足をのばし久々に広島への釣行。まあこの時期に中国地方へ出かけるのは、ここ十数年来の相も変わらぬパターンだが、、、、。

最初に釣りを覚え始めた二十台の頃、もうチヌという魚に夢中になった時期もあったけれど、いつしかチヌを忘れグレ、それも尾長グレにうつつを抜かし、その後は魚種のこだわりや憧れよりもフカセ釣りの面白さ、といったものを追い求め続けた結果、あれれ〜!という間も無くいつしか随分と月日が流れてしまった。

けれどもいくら時代が流れようとも、やはりこの時期には多くのチヌが釣り人を迎えてくれるのは相変わらずだ。良き仲間と自然豊かな中で至福の時間を過ごす、そんなきっかけを作ってくれるのが時としてチヌであったりグレであったりするんだろう、と今更ながらに思えてくる。それら魚たちには感謝、感謝、のまた感謝だ。

まあ魚の側からすれば釣り人側からの自分勝手な理屈だが、感謝の印はこのスナップ、でどうぞ。

(05月13日
身辺整理

連休前に何故か身辺整理を行う事になった。身辺整理といってもただ単に身の回りのモノを整理整頓したり、不要なモノを捨てたりするだけだったがー。

やはり一番多かったのが釣り関係の雑品。頭に被る帽子だけでも50個ちかくは見つかった。手袋、ウエアー、ライフジャケット、レインギヤ、などなどはそれまでかなり処分したつもりだったが、やはり30年もメーカーとお付き合いをしているためか、まあ出てくる事出てくる事。その大半はかつての好景気時代のメーカーサポートの残骸(?)だったが、それまでにかなり処分したと思っていたのにまだ数多く残っていた。一昨年の社名やロゴの変更で、ーといった理由もあったにせよ、それにしても我ながら飽きれるほど遅過ぎる行動だった。

釣り用品ばかりじゃあなく、かつて必要としていたモノも、これからは必要としないだろう、といった選別基準で、衣類から生活用品のあらゆるモノの整理と処分をおこなった結果、(それでもまだ捨てきれないモノも多いがー) それまでにないすっきりとした気分と、再度新たなスタート地点に立ったような気分になるから不思議なものだ。

人間を長くやっていると己の欲深さのせい(?)からなのか、どんどんどんどん知らぬ間に垢が溜まってくる、そんな垢の少しを落としたような気がして、少しだけ身奇麗になったような気もするのだがー。

今年の自身のテーマは、過去からの脱却ばかりか、今後の変貌が激しいであろう新たな時代に向ってゆく覚悟をきちんと持つべき事だ、と遅ればせながらも感じてはいるんですがねえ。
(04月03日
自然との共存とは?

普段はいろいろな欲望や不満を持ちながらも、それでも我々の通常の生活はいつしか至極豊かになっていた。まずは今回の未曾有の震災で新ためてそれまでの豊かさの有り難さを再確認させられた、というのが最初の実感だった。

けれどもそんな豊かさも、自然の脅威の前では、ひとたまりもなかった。自然とは、人間の想定を遥かに超えたことを平気で仕掛けてくる残酷きわまりない存在でもあった、今回、もっとも実感したのはこの事であり、現在今なお続いている現実だ。

それまでの釣り人生を通じて自然との共生共存を計ってきたつもりだったけれど、いったい自然との共存とはどういうことなのか? ーと同時に、豊かさに向って進んでいる発展とはどういうことなのか? 答えようのない問いを突き付けられ、今なお私は頭の中が真っ白になり自失呆然となっている。

みんなの多くが豊かにならないと自分自身も当然ながら豊かになれない。現在まだまだ大変な状況に多くの人が直面している中で、自身の無力さや存在感の薄さを感じながらも、微力な事しかできない事にもどかしさやはがゆさを感じている、といった想いは多くの人の現在の共通項だろうが、、、、、。

(03月20日
今はただただ祈るしかない

一昨日仙台の釣友一人とようやく連絡が取れた。その前日まではどうしようもない状態だったらしいが、幸いにも彼の地域においては電気も水道も復旧したとの事。けれども彼曰く、どれほどの被害やどれほどの災難かがそれまでまったく情報をとるすべがなかったために、今回の大災害によってどれほどの被害をもたらしているのかの全容をようやくおぼろげながら知り始めたところだという。彼のほかにも海岸に近い亘理町やゆりあげ地区にも親しい釣友が何人かいるのだけれど誰も連絡はつかない状態でいる、との事。

今回の大震災大災害に対しては怒りさえ覚えるような苛立たしい気持ちを抑えながらも、今はただただ無事で生き延びてくれている事を祈るしかない。ここしばらくは悲痛な気持ちで時を過ごしているけれど今の私にできることといえば、被災されたすべての方々に、合掌。

(02月17日
今年の牟岐大島のグレはパワフルですV

昨日はまたまた牟岐大島への釣行。
岡山県倉敷市の小谷誠志君と岡山県津山市の坂手浩一君の二名の若者を引き連れて、いや30歳代の彼らに引き釣られての釣行であった。
磯クジの結果に上がった磯は、以前香港女性のシュンリンと釣った”ジョーギ”だった。前回に続き、私しゃあ若者に釣られっぱなしだが、今回の目的も特に、小谷君を徹底的に鍛え上げる(?)事である。次世代リーダーの育成という大義名分をかざして、実は私自身が楽しく遊んで貰おうといった自分勝手な魂胆なんだがー。

先端の一人しか釣れない潮通しの良いゴールデンポイントは坂手浩一君、私と小谷君は船付きのワンドへと、まずは私の策略どおりの展開。釣り開始早々に坂手君は二匹のグレをゲット。それに反して我々はとても釣れる状況の潮ではない。一時間、二時間、と時間は何の展開も見せずに過ぎてゆき、やきもきとして焦り始める小谷君。私しゃあ嬉しくて嬉しくてしょうがない。「こんな潮では釣れるはずがないだろ!まあ10時半過ぎの干潮を過ぎるまでガマンじゃ、ガマン!ワハハハ!」。

グレ釣りは潮を釣る遊びである。釣れる潮がなければどんなに頑張っても無駄だ、というのが釣りの持つ宿命的な特性の一面である。
「まあ11時前後にはそれまでの潮の動きがこうなってああなって・・・・・・・。」、−と今後の潮の動き予測を懇切丁寧に解説するんだが、果たして彼が真剣に聞いてくれていたかどうだかー。けれどもその後の潮の動きが確実に事前予測どおりになれば、こりゃあもう彼は私にはとても逆らえないはずですからねえ。(彼は素直で近年まれに見るような好青年で、とても逆らうなどといった言葉は当てはまらないんですがー。)

11時前後になればやはり事前予測どおりに潮の動きは変化し始めた。グレと対面する事のできるゴールデンタイムになりつつあった。
「はよう根性入れて釣らんかい!」「食うポイントはそこしかないぞ、そこじゃ、そこ!」、それまでのんびりとしたふりをして仕掛けやマキエを入れて懸命になって潮の状態を探っていたこのおっさん、こんな状況になれば途端に彼に向って吠え始めにゃあしょうないでしょうがー。

驚くように動き始めた小谷君。そんな彼に向ってなおも、「何処へ仕掛けを入れとるんじゃぁ、何処へマキエを撒いとるんじゃぁ、サシエにマキエを合わせるような計算を正確に行いながら釣りを丁寧に組み立ててゆかなあかんと来る道中の車の中でしつこいくらいに教えたやろが。」、と容赦ない言葉を浴びせかけるこの私は鬼かもしれないですがねえ。

断っておくが彼は徳島県でいえば釣り連盟の名人級の釣り師のレベルである。非常に上手で熱心で、釣りセンスも良い。けれどもそんな彼だからこそ私しやぁ余計に熱くなるし、鬼にもなるんですがね。

−中略ー

その後待望のグレとの出会いはすんなり進み、安心と余裕の出てきた小谷君。ところが少し大きい魚を掛けた途端に、「こりゃあグレじゃないですねえ。」、−とやり取りの最中に一人でそれも4度ほど叫んでいる。−が、こちらとしては彼のスムーズなやり取りや突っ込み具合を眺めながら、「−ん?、何をぬかしとんじゃ!」、の心境である。

今年の大島のグレの引きは釣ったことのない釣り人には到底信じては貰えないだろうが、例年の五割増しくらい強い、そればかりか最後まで弱らない突っ込みをみせる。こんな力持ちでパワフルなグレは過去の記憶にもないほどだが、思いのほか手こずった後に、案の定タモに収まったのは45cmオーバーの黒々して丸々と肥えたグレだった。彼は50cmオーバーの尾長グレも、もう数え切れない程に釣った経験のある釣り師でなんですがねえ。

−で、またまたヒット。けれどもまたまた、「こりゃあグレじゃないですねえ」、と何度ものたまう。五分ほどの間の丁寧なやり取りの後で残念ながら最後のつめでそれは運悪くプッツン!、とはなったものの、海面下1mほどの、そうして彼から5mほど離れている私の眼下で目測50cmは優に超えているような惚れ惚れするような大型グレのその全容を、私だけが見てしまった、というのにねえ。

けれども彼は相変わらず、「あれはグレではなかった!」、と本気で思っているようで、帰りの道中でもさかんに、「あれはグレではなかった!」、−とうわ言のように言い放つ。−ったく懲りない男だ。まあ今年の大島、さらには口太グレを、「舐めとったらあかんぞ!」、とは自分にも言い聞かせたい言葉ではあるんだが−。


−後略−

<証拠写真は、こちら。>小谷君が釣ったグレの後に見せた満面の笑顔、私は彼から百万ドルを貰ったような気がしましたがねえ。
(02月14日
ウホォ−!雪じゃ!雪じゃぁ−!

11時過ぎより大粒の雪がどんどん
降り始めた。見る見るうちに辺り一面白銀の風景に変わってゆく。今年三度目の雪だが昼間にこんなに降り続くのはもう何十年振りだろう?
想い返せば毎日釣りしか頭になかった二十年ほど前の頃、こんな日のある時は四国西南部で懸命にサオを振っていた。またある時は吉野川上流でしびれるような冷たさの水に腰近くまで浸かり、サオに雪が積もる中でもお構いなしにハエ釣りに熱中していた。サオに雪が積もればそりゃあ重たくはなる。うっとしいとは感じながらもそんな事はそれほど苦にならなかったが、釣りに興味のない人からはきっと、どうしようもない釣りバカめ!、といった罵声を浴びせられていたに違いない。雪が降る光景を眺めていると、ふとあの時代が懐かしく感じられてしまうのは、たぶんこの私だけではないだろうが、、、、、。それにしても午後二時過ぎ現在、雪の勢いは衰える事無く、それも大粒になりどんどんどんどん降り続いている。まるで雪国だ。
(02月14日
人生は”自分との闘い”の繰り返しかも

このクソ寒い中でも、毎日せっせせっせと歩いている人やらランニングに精を出している人などさまざまで、我が町周辺でもそれぞれに健康管理を表明(?)しているような人が多くなってきた。体力の衰えと共にこういった行動を始める人が増えてくるのは当然の成り行きで、いまから十数年前の40歳を迎えようかどうかの時期に、私なんぞも一日最低一万歩のウォーキングを、それもほぼ毎日、半年以上の期間継続して行っていた。家人や周囲の仲間からはどうやら”変人”扱いされていたようだが、今にして想えばやはり少し”変人”だったかもしれない。

体力が衰え始めた、とその当時は感じていたからだが、振り返れば体力の衰えはどうやら、40歳、50歳、と節目節目に感じ始めるようである。
そのためかどうか、50歳を過ぎたころからの一時期は山歩きをしたり、また自転車に乗り始めたりした時期とも一致する。

また、皆さんご存知のテスター仲間のほとんどは、50歳の坂を超えたころからはほとんどが例外なしに間違いなく老眼になってしまい、特に早朝のまだ完全に日が照ってくるまでの時間に磯で仕掛けを作るのに難儀している姿を何度目撃したか数えられないほどだ。幸い私は老眼に嫌われているためか視力はすこぶる良好で、さらに自慢をすれば、道糸やハリスを切るのは今だに前歯で済ましているので老眼鏡やハサミはほとんど必要ない。さらに言うなら、生まれてこの方、船酔いなどにもまったく無関係で過ごしてきた。(←はある種の異常体質(?)で褒められたもんではないけれどー。)また病気らしい病気にも無縁だったし、たいした怪我もしていない。

まあそんな事はともかくも、人間を長くやっていると誰しも体力はどんんどんどんどん衰えて来る。
最近また寒さが襲ってきたせいか、僅か3日ほど引きこもっているだけなのに体がどんどん重くなる。体へのストレスがどんどん溜まり始めているような感じがして、こりゃあこのままではいかん!、ーと体がまたまたわがままを言い出した。健康で、何不自由なく暮らしていても何かの不満や欲望は常に湧き上がって来るもので、けれども、人生はある意味”自分との闘い”であるのはわかっているんだけれども、、、、、、。
(02月06日
長い時間の経験や体験も、過ぎ去れば一瞬の瞬きのようなもの!

時間は常に狂いもなく同じリズムで流れているけれど、未来へ向って開かれている時間は限りなく広がり、過ぎ去った莫大な経験や体験の時間は振り返れば一瞬の瞬きのようなものだ。
−ん!、何をいまさら、といった感じがしないでもないが、連続した時間がこの先まだまだ続くであろう中で、毎年この季節に決まって感じ始める事は、こりゃあこのままではいかん!、といった事。

どんどん陽光が眩しくなり昼間が伸びてくる季節に向って新たなエネルギーが沸いてくるのは多くの生き物の持っている本能かもしれませんがねえ。まあ、私ばっかりが元気になってもしょうないんですがー。
(02月03日

<新年快楽!>
今日は中国のお正月。
一小市民の知恵を振り絞り、お金や債権運用の大半を一大決心(?)で香港の銀行へ移し、そこをベースに中国とも関係して二年目を向える。その間の不自由さなどまったく感じず、むしろ非常に便利に、また以前よりも格段に快適で安心で安全に、かつ大変な節税や経費削減になっている事を実感している。不便なのは英語での取引を強いられる事だけだが、それにしてもインターネット、オンライン、といった共通システムのおかげでもはや世界は完全にグローバル化されるようになったため、こんな四国徳島の一地方からでもその気になれば何の問題もないのは非常に有り難い事だ。(香港HSBC本店での口座開設時には英語の問答でかなりうろたえましたが、結果は心強い女性二名の同伴のおかげだったかもねえ。)

魚が釣れなくなれば、釣れる場所へ出向いてゆく、こんなそれまでの当然な発想からの流れになった行動だが、やはり魚釣りの大原則は魚がより多い場所で行わなければ、という事です。釣りの経験や技術に頼るよりも、一番には魚のいる所を探し当ててサオを出す、これこそが沢山釣ろうとするためのまずは基本行動ですからね。(−ん!魚釣りとは直接関係などない、といった突っ込みは入れないように!)
(01月28日
<南国徳島でも連日10度以下の低温が続き、寒〜い!

今日か昨日に来客と共に再度牟岐へ出かけるつもりだったが、馴染みの船頭さんの都合で中止となった。
連日寒い日が続き、じっとしているよりはたまには釣りでもしなければ凍え死んでしまうほどだ。
”−んなん、冬は寒いんがあたりまえじゃぁ−!”、などとはいってもやはり寒さは大のニガテ、反対に暑いのはいくら暑くても大丈夫なんだけどもねえ。−で今朝は早々に時折出かけている近所の大衆温泉へ。

寒い日は頭がノボセそうになるサウナに限ります。先々週は香川県の山中にある温泉の露天風呂で雪の降るのを眺めながら、今日は晴れ渡った空の下で、とたまにはゆっくりとくつろぐのも悪くない。そういえば若い頃にサウナ狂いで通っていた頃は結構な値段で、−ン千円もしていたような気がするけれど、今や500円前後もあればサウナや露天風呂ばかりか、いろんな種類の浴槽が用意されているので快適だ。−ったく有り難い世の中になったもんだが、牟岐から三十分ほど南に走った場所にある宍喰温泉。お気に入りのリビエラ宍喰というモダンなホテルの中にある温泉、ミストサウナの快適さばかりか、湯質もぬるぬるとして、また食事もシェフのおまかせコース、こりゃあ絶品です。徳島県南へ釣りに出かけ、そのまま帰ってくるのはもったいないほどなんですがねえ。

(01月23日
賑わいあるイベントがどんどん縮小してゆくぅ〜!>

今日と来週の日曜日は多くの磯釣り師に長年親しまれ続けている牟岐での30回目の磯釣り大会。−で400人ほどの参加者で賑わいあるイベントが行われるけれど、残念ながら今回の大会が最後となる。不況の影響で協賛企業もほとんどなくなり、お世話人も磯釣りに詳しい人が少なくなった、どうやらそんな理由らしい。磯釣り王国徳島もどんどん衰退しているという象徴的なニュースだ。

何もこれは磯釣りだけに限ったわけじゃあなく、私の住んでいる町の花火大会ももう数年前から中止、それではと遠路遥々出かけている夏の北海道札幌の豊平川大花火大会も昨年から三度行われていたのが僅かに一度切りになってしまった。まあこんな話はおそらく日本全国に沢山あるに違いない。ダイワのSBCも昨年は開催されずに休止となったですからねえ。

お祭りが嫌いな人はまずいない、と思うんだが、けれどもそんなお祭り、換言すれば多くの人が楽しみにしているイベントが潰えてしまう、これは非常に寂しい事です。まあ時代の流れは止めようもなく、仕方ない事ですが、やはりこれからは、個々がそれまで以上に自身で楽しみを見つけてゆかなければならない時代に突入したのかもしれませんねえ。

(01月21日
今年の牟岐大島のグレはパワフルですU!>

忘れていたわけじゃあないけれど、昨日の更新後、未来あるもう一人の若者の紹介が抜けていた。うっかりミスでした。)
木村公治君と共にやってきたのは、ダイワグレマスターズ2009 中国地区大会で優勝した藤田賢治君。(確か34歳だといっていた。)

彼には失礼ながら、私のアドバイスが木村君ばかりに向かっていたにも関わらず、その近くで実は木村君以上に真剣に聞き入っていたのが彼だったようで、その後バタバタと釣り始める。いくら大会優勝者とはいえこの牟岐大島の、今年は例年以上にパワフルで強烈なスピードを持つグレを、それも初心者(?)とは思えないほどにねえ。
さらには、現在売り出し中の木村君をまるで尻目に、彼以上に取り込みも驚くほどに落ち着いていたから、実は驚きでしたねえ。(今回はどうやら藤田君が優勢。)

釣りは決して経験の多さで計れる遊びでもなく、素直にベテランのアドバイスを受け入れ実践することでこんなにも変貌できるできるんだ、という事をこちらも再認識させてもらったばかりか、やはり若い人の持つ吸収能力の凄さを思い知らされた次第。木村公治君ばかりか、彼にとってもおそらくはこの日の体験を死ぬまで忘れることはないだろう、といった鮮烈な一日となった事を遅ればせながら追加でご報告しておきましょう。それにしても今後が非常に楽しみな、そうして非常に気になる魅力あふれる若者ですねえ。<証拠写真は、こちら。>
(01月20日
今年の牟岐大島のグレはパワフルです!>

昨日早朝、遠路遥々広島から木村公治君が彼の友人と共にやって来た。もちろんグレ釣りに、である。それもグレ釣りのメッカと言われて久しい牟岐大島にー。
「やっと来たか−!」、−と期待に胸を弾ませているのは、実はこの私に他ならないのであった。

ダイワのテスター仲間でもある彼こそが次期後継者の筆頭だ、と勝手に決めているのでお互いが願ってもないチャンスになれば、といった多少の心配はあったものの、それは朝一番の磯割り抽選の結果で一気に吹っ飛んでしまった。

「木村君8番を引いて来い!」−と無責任に言い放つ私。しばしの時間が流れ、彼が引き当てたのは、お見事としか言いようのない8番だった。まるで嘘みたいな話ですがねえ。
8番といえば誰が何てったって牟岐大島の特級エリアである。もう今日の釣果は約束されたばかりか、彼らにグレ釣りのノウハウを伝承するためのこれ以上の極上のステージはない。まずは最初の難関は難なくクリアのスタートとなった。

−で、迷うことなく”屋形”へ渡礁。この日も親愛なる林雅芳徳島県釣り連盟名人にも同行いただき、我々四人とその他二名の計六人で戦いの火蓋は切って落とされたのだった。

−中略−

まあ書いてしまえば長くなるので途中経過や経緯は省略し、結果としては、上り潮の動きが緩く、さらには潮の状態も不安定、海水温は16.2度くらい、爆釣状態ではないものの、強烈なグレとのやり取りは四人全員で25回前後。(ただし二名は牟岐大島初心者でグレ釣り経験浅、実釣時間7時間。他の二名はグレ釣り経験深、実釣時間3.5時間くらい。
最大長寸は、49cm。平均すれば40cm超。グレの体色はすべて黒々とした美味そうな魚。当然の事ながら全員がグレを難なく(?)ゲット、で広島勢二名にはグレ釣り免許皆伝。そればかりか事前に策を練っていた伝承作業もどうやら強烈すぎるくらいに伝わったようである。

こんなレポートでは内容がないけれど、ーで、どうだった、などといわれても長くなってしまうのでまたまた省略するけれど、広島の若者で特に木村公治君はおそらくこの日の体験を死ぬまで忘れることはないだろう、といった鮮烈な一日となった事をご報告しておきましょう。
それにしてもやはり彼の釣りセンスの良さと素直に耳を傾け、すぐさまそれを現場で実践できる能力、まだまだ私からみれば経験不足の多くが目につくけれど、今後は恐ろしいほどの上達速度で進化してゆくに違いないですねえ。もっともっと筋金入りの釣り師に育てるためにはこの私もさらなる精進をしなければ、そんな事を感じさせられた釣行でした。
(01月11日
丸々と太ったグレのようにはなりたくないんだが、、、、、!>

もう冬至も過ぎて、日は毎日伸び始めた。ここ最近の寒さは大の苦手だが、陽射しも次第に強くなってきている。
それだけでも何故か非常に嬉しくなってくるのだが、けれどもここしばらくの冬ごもりのせいか体が重く、丸々と太ったグレのように油の乗りがすこぶる良い。
明らかに運動不足と怠惰な生活のツケが回ってきたようだが、これでは磯での軽快な動きもできるはずがない。(4sほどのオーバーウエイトだ。)
体調は万全、体も精神も元気そのものなんですがねえ。まあ、いくつになっても悩みは尽きないモンです。


(01月01日

2011年も無事に明けました!>

2011年、明けましておめでとうございます。
初日の出後二時間も過ぎた時間に起き出したものの、すがすがしい気持ちになるような眩しい太陽と澄んだ青空を眺める事ができました。

−が、すべての新しいものは否応なく古いものに変わり過ぎ去ってゆく、ということを初日の出を見逃した事によってさらに実感した次第ですが、、、、、。

この先もどんどん時間は流れ、時代は進んでゆきますが、
 <−夢なき者に、理想なし。 理想なき者に、計画なし。 計画なき者に、実行なし。 実行なき者に、成功なし。 故に、夢なき者に成功なし。−> 
−という吉田松陰先生の言葉のように、それぞれが、自分の成功と思える目標に向かって今年もまた前へ前へと進んでゆければいいですね。
(12月30日
<カウントダウンまで後20数回に迫る!>

やがてまた新たな年が始まろうとしている。
この繰り返しが僅か100回続くだけで、現地球上の人類はほぼすべて死滅し、新たな人類に入れ替わってしまう。

さしあたり私なんぞは後20数回も新たな年を迎えれば、この世に存在しているかどうか。
人生80年として、もうすでに3/4近くを過ごそうとしているのだから、残された最大限の時間というものは簡単に計算できてしまう。そう考えればこれからの時間をいかに有意義に使ってゆくか、といった事を自然と思い知らされるハメになる。もしかして、これが宿命、といったもんなんでしょうかねえ。

まあそんな事はともかくも、明るく、楽しく、機嫌良く、新年を迎えましょう。

(12月27日
<来年からSBC(スーパーバトルカップ チヌ)復活!>

今年はお休みだったSBCが来年は復活する。
冬至(22日)にダイワと顔を向き合わせていろいろと話し合い等を行った結果の中での正式な話だが、それと合わせて私も今までどおりに関わり合いを持たなくてはならない。

とりわけ磯釣り市場がどんどん縮小している現状で、けれども常に前へ向いて進んでゆかなくてはならないのは誰しも同じですからねえ。
(11月26日

<秋の紅葉前線を追っかけてU!>

釣りに狂っていた時代には考えられなかった行動だが、またまた性懲りもなく先週末からの4日間を、京阪神方面への紅葉巡りに費やした。
それまでとは違った時間を過ごすのも楽しいモノで、まあとてもこの世のモノとは思えないほどの色彩が拡がっていましたねえ。

途中、あいにくの日和にも見舞われ、さらには大渋滞にも遭遇し、踏んだり蹴ったり(?)だったけれど、この時期の行楽地は大変な賑わいです。

ある程度の混雑は仕方ないにしても、ある場所では目的地まで後残すところ13kmあたりから大渋滞。それからは五時間近くもノロノロ運転に耐え、残すところは後2km。まだお昼を少し過ぎた時間だったにも関わらず、またこれ以上ない快晴だったにも関わらず、釣り師特有の短気さ(?)からか泣く泣く見切りをつけて、急遽Uターン。(ちょっと判断が遅すぎたかも?)
またある場所では三時間ほどの渋滞に絶え、またまた到着地2km手前で涙の断念!ーと、こんな事もありました。(ああ!折り畳みの自転車を積んでいれば、と反省しきり!)

それじゃあとまたまた目的地を切り替え、さらなる長距離運転。
四国西南部へ300kmほどの距離を走り、釣り場が悪天候でそのままUターン。こんな経験は自慢じゃあないが10回以上あるために、滅多な事ではヘコたれない性格ですが、まあそれにしても旬の時期の紅葉を見るのは大変な事だ、と思い知らされた次第でした。

昔々のその昔、早朝に宿を出て、日光のイロハ坂までの僅か10kmほどの距離を移動するのに丸一日費やし、夕暮れから日没にかけてのイロハ坂ドライブ、こんな笑えるような笑えないような経験もありました。紅葉シーズンの日光、もう地獄そのものでしたが、またしてもそれに似た体験を久々に味わうとはねえ。

ーで、せっかくの紅葉シーン、マイナーで穴場的な場所(?)だったけれどまあ見事としか言いようのない光景が拡がっていましたので、二箇所だけのほんの一部ですがスナップを掲載しておきましょう。(右タグの”釣りではないスナップ”からどうぞ。)
(10月24日

<秋の紅葉前線を追っかけて!>

釣りにうつつを抜かしていれば、とてもこのシーズンの紅葉なんぞを見に出かけよう、などという気にはならない時代が長く続いていた。
けれども自然の中に出かけてゆくのはどちらも同じ行為だ、と最近ようやく気がつき始めたのかどうか、少し時間ができれば自転車に乗ったり、キャンプに出かけたりと移り行く季節をそこそこに楽しむ術を覚えてきた。

この時期出かけるのなら絶対に信州周辺である。20歳くらいの頃から何故か上高地、蓼科高原へ出かけ始め、以後何度も訪れている場所であるが、何度出かけても不思議と厭きないどころかまた出かけたい、という気持ちになってくる場所だからだ。

パソコンを叩けば信州周辺のこれからの時期は紅葉真っ最中へ突入と出る。もうこれは、と急遽天気予報を見ながら段取りをしたのが出かける三日前。これを逃せば一生の悔いが残る、とばかりの慌しさだった。

釣りで鍛えた段取りの良さは伊達ではない。ーで、17日(¥1,000.−高速の日曜日)の深夜(午前一時過ぎ)にはキャンプ道具を積み、飛騨高山へ向かって車を走らせていた。飛騨高山の朝市を歩きながらゆっくりとした朝食を済まし、キャンプ場の平湯でテントを張り終えての昼食、午後には乗鞍頂上散策へと出かけ、夕方にはテントでの焚き火、と一日(?)あれば随分といろんな体験ができる事を再度思い知らされた一日だった。

夜討ち朝駆けで前日深夜に出かけ、一日釣りをして夜遅く帰って来る、こんな釣りを何百ペン経験したことだろう。それと同等の時間だったが、まあ釣り以外の事でそれだけの時間があればこんなにも多くの体験ができるとはねえ。いかに釣りが時間を費やす遊びなのかを、あらためて思い知らされますが、、、、。

まあそんなことはともかくも、今回のスナップのほんの一部を掲載しましたので、ぜひ一度ごらんください。(右タグの”釣りではないスナップ”からどうぞ。)
(10月02日

<予期せぬ出来事は、突然やって来る!>

一発目の出来事はパソコンだった。まだ買い換えて3年あまり、−で、それまではすこぶる調子の良かったマイパソコン。
これが無ければもう生活が成り立たない、といってもいいくらいに毎日非常に活躍してくれていたのだが、先々週突然のシャットダウン。全く思い当たるフシもないが、まあこりゃあ大した事ではないだろう、と思いながらも取り急ぎ馴染みのパソショップへ駆け込んだ。

“どうやらマザーボードが通電していないようですねえ!”、−と冷酷にも聞こえるような対応に一瞬動揺が走る。
修理する、買い替える、二者択一で判断を迫られれば、当然ながら後者の選択となるが、いずれにしてもまたまた厄介な問題が山積している。あれほど便利であったモノがひとたびトラブルに見舞われると、以前のように快適に使用するためには当然ながらデータ移行やソフトの入れ直しから始まり、いろんな設定ばかりかOS(XP→7)の操作方法にも慣れなければならない。まあこれで最短でも一週間近くの時間は奪われたも同然だった。

−で、ようやく買い替え4日めには慣れ始め、今こうして更新しているけれど、まあいろいろとコンピューター特有の予期せぬトラブルが多発し、なかなか思うようにすんなりとはゆかないもので、悪戦苦闘とは現在の状態ですが、、、、、。

二発目の出来事は、パソコンが壊れた途端の翌日の一本のTELだった。”グレの取材をお願いできますか?”、”えっ−?”
このクソ暑い時期に、さらにはもう突然のトラブルに愕然としている状態の時に、誰がグレ釣りなんか、といった気持ちをグッーと押し殺さなければならない相手からだっただけに始末が悪い。かつては釣りサンデーの親分カメラマンだった廣田氏からでは、さすがに断る理由なんぞなくなってしまう。もう三十年近く前からのお付き合いであるばかりか、彼は私にとっての貴人であるからだ。

”−で、何処へゆく?” ”高知県宿毛の・・・・磯へ。” 了解するや否や、ほんの数日後には我々は釣り場へと向かっていた。
相手に指定された釣り場へ指定された日に出かける、これ自体はいつもの流れだったが、釣り場ではとてもグレなんぞ釣れるような状況ではないのだ。
水温28℃近く、潮はあまり動かないわ、エサ取りの動きも散漫そのもので、マキエに対する反応もすこぶる悪い。朝が満潮で下げ潮の大半を狙わなくちゃいけないのも致命的。こんな状況下でも何とか廣田カメラマンには”ウキ釣り秘伝”のグラビアに掲載できるような写真を、とー。

そのためには私の釣りの釣果次第になってくるのだから、あーあ、困ったもんでしたねえ。
足場のすこぶる悪い磯で、太陽がギラギラと容赦なく照り続けている中で、磯際から辺り周辺の沖までのすべてのポイントを、ウキ下は一ヒロから竿一本半までのタナをくまなく探り(地寄りに近い磯だったので)、ウキや仕掛けやハリスや針やガン玉は何度交換したか判らないほどの悪戦苦闘(?)。ヒットする魚はヒブダイ(キバンドウ)、スズメダイの各種類のアラカルト、ベラと思われる類のさまざまな種類、訳のわからん魚、などなどで、今までに釣ったことも見たこともない魚がかなりの種類混じっていましたねえ。もう三十年近く釣りをしていて随分いろんな種類の魚と出会ってきましたが、そうしてもう磯魚のほとんどは知り尽くしている、とまで思っていたのに、まあいつの間に海の魚はこんなにも種類が増えたのだろうかと思えるほどで、以前とはまるで時代が変わってしまったようです。
ーで、何とか本命のグレもそんなに大きくはなかったんですが何匹か混じって釣れてくれたので、まあ釣り師の執念で、という事にしておきましょうか。

それにしても振り返ってみれば、かつてこれほどの集中力と冷静さを常に維持させながら計算どおりに釣りを一日持続させた経験や体験があっただろうか?、過去の自分の釣りを振り返ってみれば、はなはだ疑問に思えるような一日でしたねえ。もしかすれば廣田カメラマンが釣りの情熱を与え続けていてくれたのかもしれない、そんな感じの一日でしたが−。

(09月02日
<舞鶴は熱い!>

高速道路の一部無料化で未だ行ったことのない舞鶴港の“とれとれセンター”がさらに大賑わいらしい。−などと聞けば早々に出かけてみたい気持ちになってくる。まあ百聞は一見にしかず、で我が家からは220kmほどの距離なので先週末にはもう車を走らせていた。

この暑い最中でも、思い立ったら即行動、といった性分で、何もこんな時期にゆかなくても、とは思うのだが、、、、。
舞鶴は現在でも深夜出発、そうして深夜帰りの北海道旅行の基点となるフェリー発着場であるために(舞鶴へは過去何度も出かけているのだが)、残念ながらいつも通りすがりの街、といった印象しかなかったが、まあその賑わいたるややはり噂どおりにすごかったですねえ。

サンバソウ、イサギ、グレ、ハマチ、アジ、サバ、マグロ、などなどの地元で水揚げされた魚が非常に沢山並んでいるばかりか、岩ガキやサザエ、アワビ、イカ、エビ、タコ、などのどれをみても美味しそうで、そのすべてを食した訳ではないけれど、やはり魚類の味は日本海にかなわない、と感じずにはいられない美味しさでしたね。サバ、アジ、イカ、エビ、ハマチ、マグロの美味しさのみならず、レモン汁だけで味わった岩ガキも絶品、絶品。

それまでには時折カツオを食べる目的だけに高知のひろめ市場などへ出かけてはいたものの、今後は再度訪れたい場所の一つとなってしまいましたが、今回は新鮮な魚や干物を持参したクーラー(アイスボックス)2個に収まりきらないほど持ち帰ってきて、いつしか釣り師が漁師の魚を買っている、といった立場にもなってしまいましたが、、、、、。

それにしてもこのとれとれセンターの活気とそれを求めてやってくる買い物客の熱気はものすごいものがありますが、すぐ前の駐車場に止めてあったガソリン喰いの私の車の温度計、一瞬眼を疑ったが、なんと48℃を示している。
この日の舞鶴の最高気温は38.5℃だったそうですが、それにしても、舞鶴は熱い!暑い!

(08月13日
<節約は大変な事です!>

普通に普段使用すれば僅か(?)@19km/L前後しか走らないが、北海道3,500km走破で燃費@25.5km/L、その後の小旅行では700km走破で燃費@28.7/L。

これは我が家人が昨年春に乗り換えた車ホンダインサイトでの数字であるが、それにしても恐るべしハイブリッドカーである。

自身の車は未だにドイツ製の金食い車(長距離でも@9km/L前後)で、もう最近は滅多に乗る機会が少なくなったのは仕方ない現実だ。
時代はどんどん流れ、もう街にはさらに燃費の良いプリウスがいたるところに走り始めている。

何の考えもなしに消費していた時代はどうやら終わりを告げ、買い控え、使い控え、それらをあまりするつもりはなくても、それともあったとしても、もっともっと効率良く過ごそうとしている時代の流れは今後もどんどん加速してゆくに違いないですねえ。さらには全体のお金の流れがどんどん悪くなってしまった現実が背景にあればなおさらの事。楽しい夏休みを満喫してきたけれども、何故か少し淋しい気分になってしまいます。

そんな折、30年来愛用のワシュレットがとうとう故障。−で、早速に交換費用をケチるために自身の取りつけで汗びっしょりの踏んだり蹴ったり。
ああ!節約は大変な事です。

(07月09日
<人生は一ぺんしかないですから、嫌々毎日を送るよりは・・・・!>

先月からあっという間の一ヶ月が過ぎたけれど、ここしばらくの間に着々とキャンプの準備を整えた。
ランタンやタープ、ポールの買い直しから始まり、テントの補修も終え、来週からは17日程度の長期キャンプ旅行を計画している。

しばらくはゆっくりとした時間を自然の中で過ごす、これって最高の贅沢だと思っているんですが、温泉ツアー、ぐるめツアー、自然巡りツアー、どんなタイトルで出かけてもとことん満喫できるのが北海道の魅力で、4回目となる今年は今まで以上の最高に楽しめるようないろんな仕掛けを前もって準備計画し、たとえば、紋別、札幌、小樽、での花火大会、今までに訪れていなかった湖巡りや温泉巡り、食べるモノも何処で何を、といったいろんな情報をネットでかき集め予約をも含めた手作り行動計画(?)はもう準備万端。釣り師はマメですからその気になればとことんこだわりが出てきますからねえ。

今日の「ハイハイQさん」にも、−
−人生は一ぺんしかないですから、嫌々毎日を送るよりは楽しく送る事に越した事はありません。楽しい事は何かというと自分の好きなことをやることです。−中略−。好きなことをやると、気がついたら、もう夜明けになっています。それを実行するだけでいいのです。−と。

まあそれぞれの貴重な人生ですからどう送ろうとそれぞれですがねえ。

(06月02日
<最近の電気製品にはついてゆけないのは誰だ?→わしだ!!>
地デジ切り替えまであと一年余りの期間となったが、我が家も何故か突然に急遽デジタル化となってしまった。
別にどうしても、といった理由でもなく、どうしても欲しい、といった動機もなかったにも関わらず、先々週にはTVも買っていないのにまずはオーデオラックを、さらにはTVを、そうしてブルーレイレコーダーなるものを、と次々に買ってしまった。(購入する順番がちぐはぐになってしまったけれどー。)

長年の自分の出演した釣り番組を残したい(これまでにも全く見ないし、残したところで、今後も多分全く見ないだろうけれど。)、パソコンに撮り貯めた多くの写真データを大画面のアルバムに、などなどといった事が動機になったのかもしれないが、とにかくいつしか我が家の居間は映画館のようになってしまったのである。(大画面の動きは近くで見ていると眼がついてゆかず頭がクラクラする、と家人は文句千万ですがー。)

迫力のある音ばかりか、こんなにもデジタルが美しかったのかと思わず見惚れる大画面、実際のデジカメ写真よりも遥かに綺麗なスナップで映し出されたその画面にはもう驚かされるほどだ。
けれどもその前には購入する機器の選定やDVDやブルーレイの何たるかが判らない、まるでデジタル電気製品音痴のオッサンだったのだから、まあいろいろ覚えるのに手こずったのは仕方ないですが、先週より機器の扱い方やそれまでのデータの整理に明け暮れて、またまた時間がいくらあっても足りないほどになってしまった。

まあまだまだこれから多くの時間を必要とさせられるけれど、やり始めれば結構面白く、アウトドアからインドアへとしばらくは時間を取られそうで、最近の電気製品についてゆけない、こんな事のないようにある面では一人でもがいている自分がいるんですがねえ。まあインドア作業に熱中するのはここしばらくだろうけれど、時代は自分の感じている以上にどんどん進んでいる、これが現在の実感です。
(05月25日

<銀狼バトル IN 徳山!>
一昨日の山口県徳山湾、低気圧の襲来で全国的に大荒れの日和となったものの、幸い大会は無事開催されました。(終了予定時間は二時間早めましたがー。)

日和不安定といった理由から欠場者も結構ありましたがそれでも100人近くの参加者で、優勝したペアの一人は、54cm二匹、56cm一匹(大会ルールは、二匹の合計重量を計量)という大物をゲットし、まあ素晴らしい釣果でしたね。予期しないような大物が、予期しないような数の魚が、予期しないような商品が、予期しないような素晴らしい仲間が、通常の釣りでは味わえないような感動を、大会では参加者の釣り人に、時としてもたらしてくれます。長年お世話をしてきて、その度ごとにこちらも感動を貰っていますが、まあ今回も笑顔の溢れる大会となりましたねえ。

終了後の午後からは土砂降りの大雨と強風、それじゃと早々に飛び乗った高速道路の豪雨の中を帰路も350kmの道のりで、まあ疲れましたが行った甲斐があった、というもんです。ぜひ皆さんも今後のこういったイベントには参加されたらいかがでしょう?
(05月15日

<お遍路サイクリングに挑戦!>
GWには平城遷都1300年で賑わっている奈良での少しばかりのサイクリングを楽しんだが、いよいよ本格的に走り始めようと思い先週末よりまたペダルを漕ぎ出した。走る目的は体力向上と贅肉を落とすことである。少し動いただけで、もうハアハアいっている怠けきった体では気持ちも萎えてくる、などと思いまあ半月ばかりはまずは体の慣らし期間と考え、おっさんチャリダーはまたまた走り始めたのだ。

けれども最近の情勢は一変してしまったようで、僅か5年ほど前には滅多にすれ違わなかった自転車乗り(古い言い方)が、最近では非常に多く見かけられるようになった事。レース仕様のようなウエアーを身に纏い、ロードレーサータイプのチャリでさっそうと走り抜けてゆく連中も非常に多く、また私より年配のおっさんなどもヘルメット着用の本格的なカッコで走っているから恐れ入る。
ガゾリン高騰、デフレ不況進行、健康ブーム、などなどこれらが影響しているのかもしれないが、こんなに自転車乗りが増えればまあ持ち前の負けん気で、ゆったりとマイペースで走る事も時としてできなくなってくる。(けれどももう体力も衰えていてとても若者にはかないっこないんですが、、、、。)
まああと20年、いや10年若ければ、などと思いながらも、けれども瞬発力では劣っても、持久力では、などとウサギよりカメになる事で一人あがいていますがね。

ーで、今週より走る目的の一つにお遍路巡りを思い立ち、初日には自宅から3kmほどにある一番札所から11番札所までの約80kmのサイクリング。
まあ大した事のない距離と、途中のお寺への参拝で、非常に快適な一日。各札所では非常に多くの参拝者でゴッタ返し状態で、まあ四国遍路の人気の高さを改めて感じさせられましたねえ。昨日は午後二時頃からのスタートで、12番札所から17番札所の六ヶ所の約40kmを回り、まあ一日半で17ヶ所を終了。
あまりにもあっけない距離で、これでは慣らし期間のウオーミングアップにはならないと感じつつも、さあ今後の残された札所を巡るかどうかは微妙な気持ちですが、、、。(今後の残された札所は難所の11番、距離の遠すぎる23番、などなどですからちょっとしんどい。

(04月25日
<古代ローマの遺跡群を辿る10日ほどの旅行、こりゃあ感動もんでした!>
五島列島から帰ったすぐその三日後にはまたまた飛行機で片道14時間の長旅。途中ハブ空港の中東ドーハでの乗り継ぎ時間を含めると、丸二日間、で帰りも二日間を要した今回のヨーロッパとアジアにまたがる旅行。まだまだ地球は広いもんです。

まあ近年は遊びに狂ってしまい、足も軽く、お尻も軽く、さらには財布も軽いんですが、何故か後先考えずに決断だけは早く、思い立ったら即行動、といったようになってしまいましたねえ。釣りに狂っていた頃も、やはり同じような習性だったかもしれませんが−

人間時には心を入れ替えて真面目に、地道に、ひっそりと暮らさなければ、などと思うのですが、まあなかなか落ち着かない性格のようです。
釣り狂いの時もそうだったのですが、出かけ帰ってきた後にはきまって、さあ次は何処へ行ってやろうか、などと早々にもうすでに次の計画を練り始める、これも一種のビョーキなのかもしれません。

まあ人生一度きり、という事を大義名分にすれば、次へのステップにも弾みがつきますからね。
ところで、今回ほど多くの写真を撮った記憶はないくらいの量でしたが、右のタグのリンクからそのほんほんの僅かの一部を掲載しましたので、一度ごらんいただければ、と思います。
(04月13日
<九州五島列島、玉ノ浦のチヌは今年も熱かった!>
一昨日の10日、恒例のバトルカップチヌ全国決勝大会が開催されました。(その結果や詳細は、こちら。)
大会前日までの試し釣りではもの凄い釣果が上がり、これはもしかしたら?、といった期待で一杯だったのですが、やはり大会当日はそうもゆきませんでしたね。それでも、<全体の釣果としては、50cmオーバーを10尾あまり、最大釣寸は57.5cm。総匹数は40尾あまり、夢の大チヌ釣り場は今年も健在だった。>、と書かせていただきましたが、まあやはり凄い釣り場です。

残念ながら今年で一度この大会は休止となり、また改めて仕切り直しとなるのですが、まあ再度の復活時にこの釣り場へ帰ってくるのはそう遠い日ではないように思っていますが、、、、。

今回で取り敢えずは最後という事もあってか、私も厚かましく(?)選手の皆さんの中へ入りちゃっかりと写真に納まってしまいましたが、今回の私はメーカーサイドのスタッフばかりか釣り師としてのアピールもしておかなければ、といった二面性を持って望んだようです。(本心を言えば、自分からしゃしゃり出る事や目だつ事などはあまり好きではないんですが、まあたまには許されたし。)

ところで、昨年までは全国大会終了後はその翌週から地区大会のお世話のために結構日にちを費やさなければならなかった、といった個人的な事情があったのですが、今年は私がお世話をさせていただく予定なのは5月下旬に開催されるペアマッチのイベントのみですから、まあ今回の大会はようやく大きなイベントの一つが終わり、バンザーイ!、と叫びたい気持ちと、不謹慎なようですがその後の例年の予定からしばし開放された、といった気持ちが同居し、実にすがすがしい気持ちになって、どうやらこの夏までのシーズンは眼一杯遊べそうで、早速にも明日からはヨーロッパ方面への旅行からのスタート、その後も長期キャンプ旅行や自転車旅行、そうしてたまには釣り、とどうやらいままでの年以上に忙しくなりそうです。

一度きりの人生です。うろうろしている暇などありませんからねえ。

(04月01日
<桜の満開、ばかりか、GyaO!にも熱中!>
一昨日までは10度にもならない真冬の木枯らしで、けれども一転して今日は気持ち悪いくらいに蒸し暑い!
まあ予期せぬ気温変動で、こりゃあー今年も思いやられそうですねえ。今週も地元でお花見、来週前半もお花見で、その後は恒例の五島列島でのチヌ釣りと、まあ相変わらず遊びの予定(?)は一杯で、さらには最近GyaO!(映画の無料動画サイト)などなどの映画に時間を奪われもう慌しいことこの上ない。

一月ほど前より、家人に教えられて、シャーロックホームズやルパン3世などなどを見始めたら、またWITH OUT A TRACE、第一容疑者、----などなどを見始めたらもう時間が足りないくらいになってしまう。先週は映画館での封切りされたばかりのホームズにも飛んで出かけたが、もう映画なんて何年ぶりだったろうか。

ある日突然に何かに夢中になってしまっている、といった性格は昔からにしても、またまたビョーキが始まってしまったようだ。
まあ映画やドラマのお気に入りの番組は非常に面白いんですが、それにしてもいろいろと欲を出せば、とても時間が足りない!
そのため、最近は睡眠不足と眼精疲労、さらには体力低下も著しい。これでは来週からの釣行に差し支えるので、少し運動を、と思いながらも相変わらず、あれもこれもと配信終了の期日までに見なければ、といったセコイ考えでいるから、まあ困ったモノだわい。

(03月23日
<春は上りカツオとお花見と乗っこみチヌの季節?!>
昨日の雲一つない晴天、こんなチャンスは滅多にない、と前日にパソコンをたたく。
例年であればまだ桜の季節ではない時期だが、満開情報が一箇所、それも高知県の山の中にあったではないか。
ひょうたん桜公園、樹齢500年のコヒガン桜がもうすでに満開状態、とー。

昔からそうだが、思い立ったが吉日、という訳で、まずは高知城(まだ一部しか桜は開花していない。所々では満開に近いモノもあったがー。))を散策しお腹を空かした後で、上りカツオを食らう。運転のためにアルコールが飲めないのが残念だが、まあいつものごとく絶品、絶品。
今までもカツオだけを食べるためだけに高知へは随分と通ったモノだったが、今回はそればかりじゃあなく、お花見もかねてだから一石二鳥。
それだけではつまらない、と思い、帰路はいままで行ったことのない四国山脈を縦断し松山経由のルートで、などと考え、昨日の一日は出かける前の前日に予定したとおりとなった。(ただ同行した家人はともかくも、私の老いた両親には500km近い走行は少し酷だったかもしれないがー。)

やはり春はチヌ釣りも良いけれど、カツオとお花見に限りますねえ。まだまだお花見のシーズンはこれからで、現在はまたまた非常に忙しくなり(いろんな事で)、とても時間が足りない状況が続いているけれど、何とか今後もやりくりしなければ。
まだしばらくは慌しい日々が続きそうだがまあ毎年の行動パターンなのでー。ちなみに最終のお花見は、4月下旬から5月上旬にかけての奥飛騨キャンプ旅行。奥飛騨での満開の桜も素晴らしいモノですよ。

(03月03日
<磯釣りが危ない!>
唐突ですが、やはり今後の磯釣りには相変わらず危機感を抱いてしまいます。
磯釣りを行なうとする時、渡船の場所、時間、料金、それらのあらゆるシステム、などなどが初心者にはとても判り辛く、なかなか始めての人には始め辛い、そのための方法は釣り雑誌などで調べる事はできるんですが、また直接現場の船頭さんに問い合わせる事である程度の概要を掴むことができるんですが、それでも釣り場によってそのシステムはまちまちです。

お金を払って楽しもうとする遊びで、磯釣りほど利用者に判り辛いシステムはない、ともう20数年来訴えてきた事ですが、どうやら釣り人の多くが不況になり、金回りに厳しくなった途端に、多くの釣り人が磯釣りから退場し始めて久しいこの現実には、やはりなかなか今後を担ってゆく新しい人が参加し辛い磯釣りの判り辛いシステムもその一因となっているような気がします。(まあいろんな要因があり、これがすべてじゃあ決してないんですが、、、、、。)

バス釣りとかその他のルアー釣りなどは、また波止釣りなどは複雑なシステムなどあまり無く、気軽に、手軽に楽しめるため、結構賑わっているし、船釣りなどもインフラやシステム整備で極めて出かけ易くなったため、結構な賑わいを見せていますが、それらと比べるとやはり磯釣りの今後はなかなか厳しいだろうなあ、というのが私の10年以上前からの実感です。

まあ時代はどんどん流れてゆくし、新しい時代に受け入れられないモノはどんどん滅んでゆく、これが自然の流れでこの流れに逆らう事はできないんですが、長年磯釣りと共に莫大な時間を過ごしてきた私にとって、正直な気持ちでいえば、ここ10年近くの時間は何とも複雑な気持ちで過ごしてきたような気がします。

まあ考えても仕方ない事で、成るようになるのが自然の流れで、何人なりともなかなか大きな流れは変えられないんですから、さあ今後の磯釣り、いったいどうなるんでしょうねえ。唯一つ確実な事は、滅びてしまう、というのは絶対にない!、と自信を持って断言はできるんですが、けれども今後どんどん賑わいのある釣りになる、などというのはもう難しいんじゃあないか、とまで思ってしまうんですが、、、、、。

けれども、人里離れた磯で、風光明媚な自然に包まれ、ただただ一心不乱に魚と戯れる、こんな素晴らしい時間が通常の生活でいったいいつ得られる、と言うんでしょうかねえ。
(02月26日
<ようやく半月遅れの春一番!>
一時的だろうけれど、急に暖かくなって、昨日はようやく例年より半月近くも遅い春一番の嵐となってしまいました。
最近のカレンダーは旧暦表示がなくなったけれど、やはり旧暦どおりに季節は動いているなあ、というのが実感です。

長年釣りと共に時間を過ごしてきた私にとっては、旧暦はなくてはならないモノ。潮時は旧暦で判断できるんですから最近のカレンダーは使い勝手が悪くて仕方ありません。まあそれはともかくも、相変わらず最近の季節の狂い方、さらには寒暖の差の激しいこと、これはもうそれまでの流れからはかなり違ってきているようです。なかなか思うようにゆかないのが人生の常ですが、季節もまたそうなのかもしれませんねえ。
(02月14日
<新年快楽!>
今年はバレンタインとお正月が重なった今日が中国での新年。
今後ますます成長の度合いが著しい中国と、高度成長を終えて、不況、不況、と叫ばれて久しい日本。
成熟してしまえばその成長が止まるのは必然的な現実なのかもしれません。

よくよく考えて見れば、釣りの世界もここ30年の間に随分と成熟してしまい、磯釣りの世界では、フカセ釣りグッズももう改良の余地があまりない程になってしまいました。竿はカーボンの高弾性素材になってからというもの、以来20年近くはそれほどの革命的な進化はありません。リールも然り、その他の用具も然り、です。それらのグッズが進化すればするほど、残念ながら魚がどんどん釣り辛くなる、といった矛盾した現実。これは何も磯釣りの世界だけではないのかもしれませんが、それにしても困った現実です。

どんどん時が流れ、どんどん時代は変わってゆきますが、せめて今日よりは明日、明日よりは明後日をより楽しく生きられる、これが一番大切な事なんですが、これはなかなか難しい問題ですね。
(01月21日
<情熱はそんなに長続きしないもの----?>
釣りに狂いに狂い始めた二十台後半のその情熱、といったモノはもうビョウーキ状態だった。それから三十年いや二十数年は釣り人生に明け暮れていたのだ。家庭もかえりみず、ただひたすらに釣り、釣り、釣り。

さすがにもうあの時のビョーキからは開放されて、それでもその後もいろんなビョーキが襲ってきた。釣りばかりの人生からそれまでに出来なかった事が、途端に湯水のように湧き上がってきたのかもしれないが、相変わらずその時々で何かに熱中しては時を夢中になって過ごしてきた。

けれども振り返ってみれば、それ(釣り以外)はだいたいが3年周期の情熱で、ある程度熱中すればいつしか自然と醒めてしまう事もわかってきた。何かを始めれば極端にその事にのめり込み、いつしかとことんまでやらなければ気がすまない自分がいる。こんなに夢中になれる事を、いつしか夢中になれない時が来る、なんて事は当然ながら思い浮かびもしない。

そんなサイクルの数々を体験しながら、やはりある程度マスターしてしまえば、ある程度その遊びの全容が見えてしまえば、もう当初の新鮮さもなくなってしまい、初心忘れるべからず、なんていう気持ちはいつしかどこかへ吹っ飛んでしまうのだから仕方ない。

もしかして人の情熱はそんなに長続きしないモノなのか、それともこの私だけがそうなのか、まあ現在でもいろんな情熱のかけらはたくさん持っているんだが、果たして今後も同じような繰り返しのサイクルで今後の人生を進んでゆくのかどうか、今は自分の事が少し理解できないでいる。一時的にビョーキが収まった、という事なのかもしれないが、これも自分の性分からすれば困った事だ。しばらくはどうやらまた、好き物探し、をするしかないんだろうかねえ。
(01月01日
<明けましておめでとうございます!>
慌しかった一年も昨日で終わり、また新たな年が始まりましたが、旧年中はいろいろとありがとうございました。

新年を向かえ毎年思う事ですが、今年の抱負、などといったものは例年何もないのが実感です。
明日、明後日の、とりあえず目先の事に精一杯で、相変わらず前へ向かって進んでゆく、いつもそれだけに追われなかなかゆっくりとした時間が持てない、以前の焚き火に狂っていたある時期は、ゆったりとしていた時間もあったような気がするんですが、、、、。
一度立ち止まってみたり、振り返ってみる時間も必要かもしれないですね。

まあ人生一度きりですからお互いが自分で納得できるような時間を過ごせれたら、とは思っていますが−。

更新は相変わらず−−−、ですが今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
(12月04日
<私が元気一杯になるのはいいんだけれど、、、、?>
一昨日に夏からの歯医者通いもようやく終わり、ここ10数年来、ゆくのをためらっていた治療も完結し、晴れ晴れとした気分で帰ってきた。
まあメンテナンス程度のたいしたことはない治療だったが、それでも完璧な状態(?)の歯になり、健康の有難さをしみじみと実感させられている。

私が元気一杯になるのはいいんだけれど、年末が近くなるこの時期、決まって「喪中につき・・・・・・・・。」、の連絡葉書が毎年決まったように二桁ほども届けられるが、その多くは釣り関係の方々からである。
私の両親の年を考えても、まあそろそろ、といった年代になった訳だが、そのご両親から先に亡くなるのが順番なのに、そうとばかりはならなかった便りが、届けられるのは非常に辛いモノがある。

かつて親しくお付き合いさせていただいていた本人の訃報をある日唐突に突然知らされる、いくらしばし暫しの間ご無沙汰しているとはいえ、これは本当に驚かされるばかりか、それが何件も重なれば、もういたたまれなくなってしまうのだ。(合掌)

幸い元気で、健康で、毎日が忙しすぎるほどの時間を夢中になって過ごしているけれど、やはりどんどん死に向かって進んでいる現実を嫌が応にも知らされているようで、まあこれも仕方ない現実なんだろう。

行き着く先は誰も避けて通ることはできないんだから、まあそれまでは充足した時間を積み重ねるしかないんでしょうかねえ。
手前事で恐縮だが、私のオヤジは昨日もあの寒い雨の中を、ある岸壁で大きな磯ダモ片手にアカアミを撒き撒き、イワシ掬いに熱中していたそうなー。
親がこんな調子だから、まあその息子である私も同じ穴のメジナならぬ、ムジナ、なのかもねえ。
(11月24日

<携帯に頼るとロクな事がない、、、、?>
最近は一日30時間あっても足りないくらいに忙しい。
やるべき事が多すぎて、それをやってしまわないと気がすまない、とにかく早く一区切りつけたい、などと思って夢中になって行なっているけれど、まあまだまだ終わるのは遥か先になるのは間違いない。それでも日々悪戦苦闘で、まあいつまで続くんだろうか検討がつかない日々を過ごしている。
何かに夢中になれば、私の場合は完全にビョーキ状態になってしまうから困ったものだ。

そんな合間の昨日までの連休のさなかの一日、誕生日なんだからという単純な理由から県外のとある場所へショッピングに出かけた。
モンベルなどのアウトドア用品などはなかなか田舎の徳島では品揃えがなく、まあ不自由な事。
ーで、最近少しだけ金回りが良くなったような雰囲気(雰囲気だけだがー)も手伝って、いらないモノまで買ってやろう、と意気込んで出かけたのは良いけれど、家人と年老いた両親の四人で出かけたのが大きな間違いだった。彼や彼女らの買い物ばかりで、まあ私なんぞのモノをゆっくりと見る時間などは与えてくれそうにない。

そこで単独行動に走り、しばし一人で、と、うろつく事になったわけだが、休日のショピング街なるものはとにかくこの不況だというのにむちゃくちゃ人が多い。そこで、落ち合う場所の連絡は携帯で、と便利な世の中になったもんで、30分ほどうろつき、ふと携帯を取り出せば、あろうことかなんと充電切れで電源がシャットアウト。まあ買い物より先に連絡手段が途切れてしまっては年老いた両親も連れてきていることだし、と、奴らの行く先のめぼしいところを懸命になって探し歩くが、とても見つけられたもんじゃあない。

かなり探し回ったすえに困り果てたが、それじゃあーとばかりに、あたりのお店へ手当たり次第に飛び込むが、携帯充電のコンセントすら持ち合わせていないようで、それは難しいようだ。運悪く(?)携帯屋などはなく、電話番号なんか全く覚えていないが、とにかく携帯頼み。

途方に暮れた後は、インフォーメーションで場内アナウンスをお願いするしかなかった。「徳島からおこしのウスズミさ〜ん!・・・・・」、まあカッコ悪いが仕方ない。やれやれ、最後は一件落着となったが、私のスポーツウェアーやアウトドアグッズは遥かどこかへ消えてしまい、両手には家人らの買い物袋で手一杯になってしまうとはー。

便利な用具は時としてそうでなくなる事は十二分に承知しているはずなんだけれどもねえ。

(11月02日
<久々の旧ダイワ精工のテスター会が、、、、>
昨日大坂でグローブライド(株)の社名変更に関する説明会が行なわれ、当然ながら私も出かける事となった。
久々のモニター、スタッフ、テスターが一同に集まり、会社の社名変更や今後の方針、戦略等を丁寧に説明してくださった。まあ結論からいえばこの釣り業界全体が現在は大変な状況になっている、と言うこと。
これは何も釣り業界だけに限ったことではないものの、とにかくルアー以外の釣りはかなりのダウンがここ数年に渡り続いている。
業界トップの企業ですらこのように切羽詰った状況なんだから、多くの関係企業の今後もしばらくは楽観できない状況になっているようだ。

特に、昨年のサブプライム問題から潮の流れは一変し、世の中の景気も驚くほどに変わりつつある状況の中で、やはり生き残ってゆこうとする企業の逞しさを感じた反面、今後我々テスターも何をすべきなのかを今まで以上に考えさせられた会合でもあった。

会場の新大阪へ向かうために大坂駅構内のエスカレーターに乗ると偶然にもすぐ前にはどこかで見覚えのある後姿。二段前だから距離は1mにも満たない。二段上がって、やはり西角喜昭にいちゃんだった。(27年前にある人が西角とお前はそっくりな性格をしていると言われた事からかもしれないが、私はたまに彼の事を昔から”にいちゃん”と呼んでいる。)

「あ!にいちゃん!」 「何や!おまえか!」それがいつもの挨拶である。、アユにうつつを抜かしていた頃、彼に憧れ、村田満さんに憧れ、いつしかダイワの仲間となり、振り返れば最初の出会いからはもう30年もの時が流れてしまっていたのだ。お互い今回だけは何故か感慨深く、時折携帯などで話をしているにも関わらず、何故かやはり時の流れを感じさせられる出会いとなってしまった。

まあお互い30年前と現在と比べても、個人的には精神的にも勢いも何も変わっていない、と断言しておくが、けれども周りの環境や状況はどうやら激変しつつあるようで、この流れだけはどうしようもない。

ダイワのテスターとしてのお付き合いが始まったのは、彼が36歳、私が31歳、の時である。そんな彼は還暦を過ぎ、私はやがて58歳となる。けれどもお互いがまだまだ頑張ってやらなければいけない事がたくさんある。あの村田満さんは私より一回り上の70歳であのパワーなんだからねえ。
(10月14日

<どうでも良いことだけど、、、、>
いきなり涼しさを越えて朝夕は肌寒くなってきましたね。突然の秋深し、の季節ですが、どうでも良いことだけど、新米にサンマ、すだちを絞り醤油をかけて食らう、こりゃあもう最高の贅沢ですね。。
先日釣り狂いのオヤジが釣ってきたアジ、これを母親が姿寿司に、イワシは自分でせっせと甘露煮にする、どちらもこんなに美味しいとは。まあどうでも良いことだけどー。
高速道路の1000円でつい先日大阪和歌山へ出かけたものの、僅か12kmを移動するのに3時間を要する大渋滞に巻き込まれてしまうという災難(?)、まあこれもどうでも良いことだけどー。

夏以来苦難の連続で思うようにゆかなかったウキ作りもようやく何とか一発目が仕上がった。100個作るのに要した時間は自身のそれまでのウキ500個作る手間以上の労力がかかってしまうとはー。これもどうでも良いことだけどー。

どうでも良いことだけど、仕上がったNew闘魂ウキの一部を画像で公開しましたので一度ごらんあれ!

(09月09日
<二代目の一番弟子が女性?>
先月末に四日市市民会館で行なわれたプリンセス天巧のイリュージョンショー、素晴らしかったですね。
彼女の軽やかな身のこなしはさすがにマジシャンそのもので、やはり持って生まれたセンスを感じずにはいられなかったほどである。

先代の引田天巧がなくなってもう何年も過ぎてしまい、突如として二代目が現れてからももう何十年にもなってしまったが、二代目が何で女性なんだろう?、といったまるで関係のないこんな私のようなおっさんでも随分長い間疑問に感じていたものだった。

まあ男であれ女であれ、そんな事は実はどうでも良い事なのかもしれない。才能のある人が二代目を継承する、これが自然の流れだったんでしょう。

最初に木村公治君と出会った時、彼の釣りを眺めながら、才能溢れる若者をようやく見つけたぞ、と感じたものである。いわば私の二代目として育ててゆこうと勝手に決めて、その後はダイワのチヌ関係を彼にお任せすることになる。やれやれこれでもう一安心(何が安心かわからないんですが、、、)、と思っていた矢先に、香港の女性と出会い、彼女の釣りを眺めていると、こりゃあもういけない。突如として衝撃を受けてしまい、、、、。

2年前の出会った時の彼女はまだ釣りを始めて一年半足らず、それも日本の釣りとは程遠い外国であるばかりか、言葉も違い会話も成り立たない。
けれどもこの春先までの彼女との僅か9回足らずの釣行で、こんなにも釣りセンスの良い釣り人には現在まで出会った事がないほどだった。

私がずーっと探し続けていたものが、何で外国、そうして何で女性、何でこんなまるで想像すらできなかったような事が、まあだから人生は不可解なんでしょうかねえ。

(09月04日
<Daiwaよ、お前もか?>
昨年のサブプライム問題から急速に世の経済の流れが大きく変わり始めた。
そんな流れの中で、かつてのダイワ精工も後一月足らずで、グローブライト株式会社、へと社名変更してしまう。
詳しくはリンク先をごらんください。

内容としては、「DAIWA」はフィッシング単独のグローバルブランドネームとして残るようなので、「DAIWA」のロゴ、ブランド名自体が消滅してしまうことはないようですが、それにしても足掛け27年もの長き間、そうして今もまだ契約専属テスターとして居座っているこの私もこの変化には感無量といったところ。

まあこれも世の流れで、利益を上げ続けるための戦略なのかもしれないが、まあそれだけ状況は厳しくなっている事を思い知らされてしまうのは何も釣具業界だけではないけれど、、、、。

我が家も昨年以降は相場の多大なる含み損で、あの“アリババ”(香港上場の企業)が一時4ドルまで下がった時は、一時は万事休す、かとも思われたが、現在は20ドルまでの急激な回復。まさにやれやれ、の心境であるけれど、問題は最終の手仕舞い値。売らなければ損は出ないかわりに買値よりはかなり利益が出ているにも関わらず、これも売らなければ利益確定にならず。

まあこの先どうなろうと精神的には非常に楽になったので、しばらくはより好きな事に打ち込める環境になった、という事で、現在これからの諸々に悪戦苦闘中。けれども周りの環境がどう変わろうと、常に何かに悪戦苦闘しているような気がしているのは、これは自身の性分なんでしょうかねえ。
(08月16日
<ようやく私の夏本番.....?>
期待に反して(?)涼しい夏で、まだ梅雨の季節が続いているようないないような。
けれども残念ながら私の思い描いていた夏はもう随分前に終わっていた。
そんな予感を察知していたのかどうか、今日までは次に作ってやろうと思っているウキ(自分でも作った事のないような、それまでになかったような、そうして皆さんが感嘆の思いを感じてくれるようなウキ。)に関するあるデータ集めとその整理で非常に楽しく忙しい日々を過ごしていた。

すぐ何かに夢中になってしまう性格は相変わらずで、まあ膨大な時間のかかる事だったがここにきてようやくペイントソフトの扱いが何とか自在に加工できるようになったのがここ最近の大きな収穫。ーで、まずはほんの一段落だが、本番はまだまだこれからも現在進行中で、今後さらに時間がかかりそうだ。

今日のページから、香港の彼女と私との間での販売代理店バナーを掲載したけれど、それからも彼女の並み並みならぬ決意が窺えるが、私とて今回は並み並みならぬ決意でいるんだから、頑張らなければねえ。

けれどもここしばらくは一息つくためにも自転車で走りたおし、旅行に出かけ、キャンプを楽しみ、それからまた進めようかと考えていますので、皆さんにご紹介できるのは早くても秋の終わりくらいになるかもねえ。ここにきて夏は終わろうとしているけれども、ようやく私にとっての夏本番、といったところか。

(07月25日
<何で.....?>
中国のとある場所での小物釣り、糸は道糸だかハリスだか知らないけれど、どうもイカのルアーで使うような細いハイテクラインだった。ハリなどはもう日本のモノとまったく変わらない。
ーで、写真を見ればおわかりだとは思うけれど、問題はサオである。自生の竹は沢山あるのに、何故先端の細い部分を切り落とし、まるで棒のようなサオにして、しかもサオ先から10cmも15cmも手前に糸を結んであった。せっかくの釣りだ、効率よく釣ろうとするならば、ーで、何で......?、だろうか。

まあただ単に釣りが出来れば、といった事だけなのかもしれないけれど、私の小学校低学年の頃の釣りはもう少し賢かった。竹を切ってきて、その先端は繊細にし、タコ糸を道糸代わりに先端いっぱいに結び、魚のアタリのピクピクを敏感に感じ取れるようにしたものだった。そればかりか食い込みだってバツグンなんだから。

まあ野暮な事かもしれないが、あまり効率ばかり求めるとしだいに魚が釣れなくなる。効率のすこぶる悪い仕掛でも、どんどん小さなハゼが食いつき釣りあげる事ができるんで、まああれはあれで良いのかもしれないねえ。あれ以上にあまり釣れ過ぎても、それが楽しいかどうかはわからないしね。

もう持参したバケツの中には数えられないほどの小さなハゼが、それこそ真っ黒になる程にいたという事実と、心底釣りを楽しんでいたという現実、まあこれには素直に脱帽、脱帽。けれども、やはり、あのタックルは何で.....?、といった疑問がまだいまだに消えないでいるがー。

(07月23日
<釣りは小物でも夢中になる.....?>
ふと思い出したが、先日中国広東省のSofitel Dongguanに宿泊した時の事、夕食までのしばしの時間に散歩に出かけることとなった。
香港の彼女と私の家人の三人で、だったが、眼の前には湖が広がり、超高級なリゾート地である。

近くのDongguanの町にしても大きい町で、そればかりか町全体がとんでもないくらいに美しく、驚くほどの超高級住宅地、ばかりか、大学や高校にしてもその建物の素晴らしさには唖然とするほどであった。中国の富裕層が住んでいる町の現状を眼のあたりにし、我が町と比べればまるで月とスッポンだった。

まあそんな事はともかくも、散歩の途中に、ふと釣りを楽しんでいる家族連れを見つける。立ち止まり、少し眺めていると、余程釣りに興味があると見透かされたのか、「やってみろ!」とおっしゃる。「まあ、まあ、」などと遠慮しながらも、もう早速に竹の短いサオを握っている自分に気がついた。

エサはアオイソメのような虫えさ、長さが一メートル弱の竹に糸を結びつけ、イセアマの2号程度の針を結んであるだけの仕掛である。
隣の地元のおばはんや娘などは私めが一匹釣る間に5匹くらいは楽勝で釣ってゆく。

こうなればいくらこちとらが中国ではシロウトとはいえ、夢中に、必死に、本気に、なってくるのは仕方ない。獲物は5センチほどのハゼである。
エサを入れれば引ったくるアタリが毎回くるのだが、なかなか釣り上げるまでには至らない。はがゆい気持ちばかりで、余計に針がかりしないのだ。

まあ少しコツを覚えてからは5〜6匹立て続けに釣ってやったんでまあ今日はこのくらいに、と思っていたところ、傍で眺めていた私の相方のご婦人二人が、途端に釣り初めているではないか。夕闇がもうすぐの黄昏時の散歩にはゴールデンタイムである。そんな時間そっちのけで、もう夢中になって釣っている。

「こりゃーアカン!」、嫌な予感は的中し、散歩はできなくなるわ、腹はへるわ、でその後一時間ほどはまあじっと我慢で眺めているしか方法はなかった。
そんな私に気を使ってくれたおっさんは、ライチを食べろ、ジュースを飲めよ、とすすめてくれる。言葉は通じなくても釣り人の思いやりが痛いほど感じられる心使いであった。真っ暗になってしまった湖のほとりで、まあゆったりとした気分で皆さんの釣りを、美味しいライチを食べながらのんびりと眺める、これは予想外の出来事でしたねえ。

その時のスナップの一部は、こちら

(07月16日
<加齢臭が気になる人は.....?>
汗びっしょりで自転車を漕ぎ漕ぎようやく旅先のホテルへたどり着く。部屋までのエレベーターの中で、異様な臭いに気がついた自分がいた。
マキエのオキアミが痛んだような臭いを嗅ぐのと同じように、途端に気分が悪くなる。いくらあの炎天下を150kmも走って来たにしても、それにしてもこの体臭の臭いは異常だった。それまでそんなに自分の体臭に気がつかなかったが、昨年のあの一件以来、やはり加齢臭といったモノの正体を垣間見たようだった。

以来、少し神経質になってしまう。ーで、帰宅して早々に、ミョウバン柿渋石鹸、なるものを購入。
何度か使って、少しましなような気がしたので、すぐに一年分くらいを買い求めた。まあかなりましなような気がしているが、とにかくある程度の年齢になれば体の中がだんだん腐り始めるのかどうか(そんなことはない、と思いたいが、、、。)、加齢臭といった言葉、結構あちらこちらで耳にする。

つい先日の香港空港の待合所。突然鼻がひん曲がりそうなくらい臭いワキガの臭いで気分が悪くなった。近くのヨーロッパの若者がその張本人だったが、やはり人間も動物なんだからと思っては見ても、けれども人よりも何よりもこの私に迷惑をかける事なんて許されないのだが、まあ黙って去るしか方法はなかった。お互い気をつけなければならない熱い夏の季節到来だ!
(07月12日

<今年の夏は自転車とキャンプとそうしてウキ作り!>
また熱い夏がやって来た。
熱くなればなるほど、元気になり、外へ出たくなるのは元来の性分で、もうすでにそわそわして仕方ない。

以前にはあれほど好きだったアユの友釣りも、もう今や以前のようにはとても釣れない、さらには釣れても面白くない状況へと様変わりをし、いつしか出かける機会を全く失ってしまった。

そんな理由も手伝ってかどうか、やはり夏はキャンプと自転車漕ぎで忙しくしていたここ数年だったが、今年はそれに加えて久し振りにウキをいろいろ試作しようと考えている。
もちろんそれまでに作らなかったようなウキではあるが、今後はある縁から来年あたりに香港ベースで売り出そうと考えているからである。

私は本来は怠け者であるし、自分から進んで頑張って、などといった類の人間では全くない。
けれども自分を必要としてくれる人がいる限り取り敢えずは自分の意思はさておき、その人のためにはようし頑張ってやろう!、といった性分なので、まあ頑張れるだろう、と思っている。ーと同時に釣りへの情熱もまたまた復活し始めているのだからこの夏はますます元気に過ごせそうだ。

ーで、夏が終わる頃までにはこのページで具現化したウキをご紹介させていただく予定ですがねえ。

(07月08日
<釣りも---も魚のいるところでやれ!>
先週は突然に8日間ほど香港、マカオ、中国のシンセンなどなどへ出かけていた。
エスコートは先日の香港の女性釣り師だったが、すべては彼女の気配り一杯の手配旅行だった。

余談だが、途中に立ち寄ったマカオ、香港のある釣りショップではなんと“闘魂ウキ”が売られているではないか。これには驚いたねえ。
釣りショップの店員も本人を眼の前に驚いていたようだがね。

まあ出かけた目的はいろいろとあって、何か事を進めようとすれば現地に友人がいてくれる事は本当に有難いもので、かねてからの念願であったHSBCでの口座開設などの手続きも極めてスムーズに進み、今後の私的な行動の舞台は香港をベースにできるようになった。

まあ私的な事はともかくとして、日本の表現で言うなら「釣りキチガイ」のシュンリンのために、再度訪問する時はおそらくは香港へ釣り竿片手の旅行になるに違いないですねえ。

ところで、本日のリンク。http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0708&f=business_0708_013.shtml

(05月24日
<女性釣り師と広島、岡山へ!>
ありゃあ〜!気がつけば一ヶ月と10日振りの更新。
またまた私めの悪いビョーウキが再発しましたが、まあまあまあ。

ーで、今回は若き女性との6日間の不倫旅行、だったらよかったんですが、残念(?)ながらの釣り旅行。
彼女は以前紹介した香港の、そうシュンリンなのです。
詳細はまたあらためてご紹介する事にして、とりあえずは何枚かのスナップ写真を掲載しておきます。
こちらよりどうぞ!
(04月15日

<九州五島列島玉之浦湾は今年もチヌが熱かった!>
無風快晴ベタ凪で、海水温は17.6℃、地上は大会終了前後には25℃のまるで夏日。
タダでさえ熱いのに出場選手の皆さんも熱かったですね。

第七回バトルカップチヌ全国決勝大会の詳細は、こちら、から。
ーで今年は、まあまあ沢山(?)釣れた、という大会になりました。(場所によってムラがあったためにー)

大会前日の前夜祭での壇上で、いかにもトレンディドラマの主役のような風貌のカッコイイ青年に驚いた私でしたが(昨年の徳山地区大会でも優勝の賞状を渡していたんですが、その時はあまり印象に残っていなかった。)、その37歳の若武者、福岡県の河端尚敏さんが見事に優勝となりました。
釣りは顔で行なう遊びでは無い筈なのに・・・・・・・?
まあ今にして思えば、出場選手18名の中でやはり一番、キラリ!、と光ってたのが彼でしたね。

一部の磯ではチヌと出会えなかった人もいたけれど、なんせこの時期のチヌは群れを作って集団行動していることが多く、私も非常に辛かったですが、まあ釣れなかった人は群れが離れていたんですから仕方ないですねえ。(腕達者な人が多かったにも関わらず、、、、。)

大会前日に下見を行ないながら、いつもお世話になっている福山営業所長のXXさんと同行し、彼は何とチヌばかりじゃあなく、ヒラマサまで釣り上げてしまいました。写真は私めが沢山撮りましたが、まあ今回はやめておきましょう、個人の肖像権もあることですのでー。
ーで、私の釣果は?赤、白、黒、のそれぞれの魚を釣った、という事で、これもまあナイショにしておきましょう。
(04月13日

<九州五島列島玉之浦湾は今年もチヌが熱かった!>
昨日行なわれた第七回バトルカップチヌ全国決勝大会、今年もまたお世話をさせていただき、飛行機のダイヤの変更のおかげで今年は当日に帰宅可能となったため、ふらふらになって(はしゃぎ過ぎたために)帰ってきたばかりであります。

ーが、大会終了後即刻帰宅のため、詳細のデータも間に合わず、また後日ご報告しましょう。
(03月07日
<元気と勇気をもらえる場所>
久し振りの晴天で、久々に愛車のチャリを漕ぎ漕ぎ、すぐ近所の大河吉野川(その場所は河口から5kmほど上流の潮入り川だがー)へ出かけてみた。
もう春は間近で、ところどころで一面に咲いている黄色い菜の花のじゅうたんが眼に飛び込んで眩しくなってくる。

昔ながらの変わらない土手を下り、護岸工事で整備された場所から川岸へ降りてゆくと、そこは私の小学校の頃の一番の遊び場だったが、今も川面は時の流れをまるで感じさせないように相変わらず静かにただただ広がっている。
湧き水の出ている池のようになった大きなたまりは、そっと川辺に寄り添うように当時のままに水を湛えているし、一見すれば幸いな事に当時とそれほど変わってはいない。

この場所が私の釣りの原点であると同時に、懐かしさにも誘われ、またこの場所へ来るだけで何故か不思議と元気と勇気を一杯もらえるので、時折思い出したようにこの場所へ出かけているが、あの頃の魚達の大半は、おそらくはもうそんなには生き延びてはいないだろう。

積み石が点在し、その石の間には“イシカ”(この魚の正式名称は判らないし、あの時以来見たこともない。大きくても30pほどではなかったかー。)が沢山住み着いていた。夢中になって沢山釣った記憶は今も消えないが、また夜ライトを照らせば“ケタエビ”(手長エビ)が恐ろしくなるほどにその眼を光らせながら集まり、小学生だったガキの私でも小さなバケツ一杯くらい掬うのはわけなかった。

“ウナギ”も、“ナマズ”も、“コッチン”(小チヌ)も、“ミズセ”(スズキの子供)も、“フナ”も、“台湾ドジョウ”(雷魚)も、ハサミに毛のある“ガンチ”(モズクガニ)も、今でもその正体の判らない“吉野川ハゼ”(頭だけが真っ黒で、普通の大きさのハゼなど一飲みにするほどの大きな奴)も、またシーズンになれば“アユ”なんかは辺り一面にスイカの香りを漂わせて、その川は実に多くの豊かな命を育んでいた。

さらには豊かな魚達を狙って川のあちこちでイタチそっくりの“イッチョツムリ”(現在は絶滅危惧種であり天然記念物にも指定されているニホンカワウソ)が、夕方薄暗くなる頃から決まって辺り一面の川面を賑わせていたものだ。

思えばあれから50年近くの時が流れたんだから、私と時を同じように生きた生き物の多くがいなくなってもしょうがない事だが、川の持っていた豊かさはその後確実に失われたようだ。

それに反して、私なんかの生活周りの環境はあれから50年近くの時が流れるにつれて、豊かさと便利さでどんどん満ち溢れていった。

何かを得れば、何かを失う、自然を犠牲にする(?)事によってからの恵みだ!、と割り切ってしまえばそれまでだが、まあ人間中心の社会が続く限り、自然は時の流れと共にゆっくりと劣悪な環境になり、、、、まあ私も人間をやってる以上この現実は仕方ない事かもしれないが、、、、。

ーで、やはり人間と言うのは、抑制が効かない動物だ。つまり、豊かになりたいという欲望に歯止めは効かないのだから。
(03月06日

<焚き火にまつわるエピソード>
まだ寒い日がしばらく続きそうで、寒がり屋でただ今引き篭り中の私には、灯油ストーブ(ファンヒーターとも言う)の欠かせない日が続いている。
けれどもある年の冬の数年間は何故か毎日のように外で焚き火ばかりして過ごしていた。
口の悪い友人がそんな私の様子を見ては、「最近の趣味はだんだん原始時代に戻っていってるなあ。」、などとほざいていたがー。

<ーで、今回は焚き火にまつわるエピソード。>

[エピソードその@]
男女群島での場所取りのために仕方ないとはいえ、真冬の早朝(午前3時ごろから明け方の7時過ぎまで)の磯上がりは非常に辛い。
その日は鵜沢政則と豊田直行(敬称略)と私の三人が、あるテストのために、ある超特級の独立磯で、震えながら待機させられるハメとなった。

その頃アウトドア遊びに狂い初めていた私は、前もって6sほどの炭箱を用意して、密かに焚き火のチャンスを窺っていた。
あまりの寒さ(だったかどうかは覚えていないが)だと言う事にして、焚き火には全員大賛成となった。

もう私はすぐさま水を得た魚のように岩場の上で、それも直火で燃やし始める。
炭火は時間の経過と共にどんどん勢いを増して燃え始めると、風が強くなってきた。
すると、火の粉は風にあおられ、火山の噴火口のように荘厳(?)と燃え盛り、辺り一面にパチパチと爆ぜながら飛び散ってゆく。
それだけでも、“ウオー!”、といった感動(?)に襲われて、それも三人も寄ればその感動もさらに増幅してしまい、まるでお祭り騒ぎのようだった。

炎の明るさと、暖かさと、ダイナミックな火の粉の散らばる様は、そりゃあもうそれぞれが文句なしに興奮しまくり状態だった。
その興奮も絶頂近くにさしかかった頃、突然、“パーン!”、とけたたましい音を立てて破裂した岩がまたまた辺り一面に砕け飛び散る。それも一度や二度でなく。
そりゃあそうだ、岩の上で直火で焚き火なんぞすれば、岩もたまったモンじゃあない。(こちらも運悪く当たればたまったモンじゃあなかったがー。)

あの磯はそれ以来釣り場が多少平らになって、さぞかし釣り人も喜んでくれている、と不届きながら少しは思っているものの、こりゃあ犯罪に近い行為(?)で、もしも時効が三年だとすれば、もう過去の事なのでまあ何とかお許し願えれば、ーと以来、直接実行犯の私は反省しきりである。(良い子の皆さんは、決して絶対に、マネしないようにー。)

ーで、そんな不徳行為を行なった後のその日その後の我々の釣果といったら、少しは天罰が下る、と思っていたのに、もう一投目から60cm級の尾長グレ(オーバーもいた。)が入れ食い状態で、私などは帰ってからの2〜3日は足腰肩腕の筋肉痛にのた打ち回っていたほどだった。(天罰は筋肉痛?、−んな訳はないでしょうが、、、、。)

男女群島でのあの密かな(?)出来事は、子供の時以来の味わった事のないような久々の興奮を呼び覚まさせてくれた。
故に、その後ますます焚き火にハマる事になる。

[エピソードそのA]
アウトドア遊び(キャンプなど)に狂い始めると、やはり定番の焚き火は絶対に欠かせない。

ーで、問題は燃やす材料、これを工面しようと考えて、「いらん木材の切れ端なんぞない?」、−と釣り仲間のOさんに早速相談(おねだり)の電話。
「ああ、まかしとけ!」、といった途端に、待ってました(?)とばかりに数日後、二トン車に満載にしてそれも50kmも離れている私の家へやってキター!(オダ ユウジ風に、まあシラケてしまうのを承知の単なる悪乗り。)

それは杉の産地で有名な木頭杉の切れ端だったが、見た途端にその量に、唖然として、絶句!
“いったい何をしてくれるんじゃ!”、である。

とても燃やしてしまうには惜しいようなモノがほとんどで、そのトラックには、樹齢100年近くの長さと断面がそれぞれ1メートル弱もある丸太とそれより小ぶりの少し長い丸太が各1本、さらに驚いたのは予期していない大きな機械の箱まで乗せてあった事だ。

丸太は、「テーブルと椅子にでも加工したら。ーで、いらんかったらバラて燃やしてしまえば。」、ーとあっけらかんに言い放つ。(後日テーブル1個と椅子5個にして今も有難く使っている。)
機械は、といえばどうやら木材を製材するためのものらしく、わざわざ焚き火の大きさに、それも半日近くもかかって切り揃えてくれた。

まあこんなにまでしてくれるとは、これは60cmオーバーの尾長グレを百匹釣った時の(釣った事はないが、、、。)感動だった。
つまり、そのー、後はもう焚き火に狂うしかないでしょう。

ーで、家で居る時のその年の冬には、いくら寒い日でも雨降り以外のほとんどの日は外で焚き火をする事が毎日の日課となってしまったが、まだまだとても燃やし切れず、あの時の上等な杉材は昨年どころか、今年も、いや数年先のキャンプまでも重宝しそうであるし、現在でも私の遊び道具のたまらなく大切な用具の一つとなっている。(キャンプ場などで買ったら結構高いですよ。)

男女群島でお互いが共有した時空間興奮満足体験も、Oさんのあのとんでもない心配りも、持つべきモノは金なんかじゃあなく、やはり気心知れた友達だったんだと、あらためて心底感じさせられる今日この頃であります。

[エピソードではなく、余計な話?]
乾燥しきった杉材での焚き火は、煙も殆ど出ないし、いい香りを放ってくれるし、炎は慣れれば自在に操作できるし、その燃えっぷりや炎が作り出す時々の形も最高で、自然にも優しいし、炎を眺めているだけでも最高に癒される、と感じていますが、、、。
こんな贅沢な時間を、多くの皆さんはきっと味あわないままに過ごしてゆくんでしょうねえ。(まあ余計なお世話ですが、、、。)

[さらに余計なお世話を一言]
お勧め焚き火グッズの一押しは、ユニフレームのファイアグリル(定価¥4,600.−)、です。(直火はやはり自然に対して優しくありませんのでね。)

コンパクトで、値段が安くて、使用も簡単で、時には炙り焼きなどのバーベキュー用具にもなるし、もう百回以上の焚き火を行なった後でも機能は全く問題なしでまだまだ活躍してくれていますよ。これは実に素晴らしい。(昨日の更新で説明を加えたリンクとは違い、このユニフレームからは一円のお金も貰ってないので、誤解のないようにー。)

今回はまたまた何を思ったか、人生における価値の尺度を見出し、より個性的でより豊かな人生を歩む人が一人でも増えれば良いな、と思って長々と書いてしまいました。最後まで読んでくれた人には感謝!感謝!(文章を書き始めたら止まらないのが私のビョーキの一つでもありますが、、、。)
(03月04日
<自慢話は嫌われる?、というお話>
昨日、私の80歳になるオヤジは釣りに出かけていた。
最近はハエ釣りに狂っているらしく、どうやらこの一ヶ月の間は二日に一度のペースで出かけているらしい。

それまでにも鳴門でアジやサバ、サヨリに夢中になっていて、年間釣行回数は平均しても週に二回は下らないほどである。
どうやら現在のオヤジの社交場は釣り場になってしまったようで、仲間もいろいろとできているようだ。

「今日は70匹あまりも釣ってえらい機嫌が良いのなんの、、、。」、などと母親も嬉しそうにしゃべる。
まあ釣れれば夢中になってしまうのが釣りの魔力で、とりあえずは元気なのが一番いい。

ところが私と顔を会わせて、それも沢山釣った時に限って、「最近は釣りに行っとらんのか?」、−とオヤジの決まり文句が飛んでくる。
この日もやはりそうだった。

“ほっといてくれ!”。なんて事は思うだけでとても言えたもんではないため、いつもの、「ああ。」、とだけの生返事。
向こうも聞いているだけでこちらの返答なんぞまったく聞く気もなくて、ただ自分の釣果の自慢話をするきっかけが欲しいだけなのだ。

もう三十年近くも釣りにうつつを抜かしてきた私もそんな事は重々承知しているので、最近ではそんな時はあまり相手にせず、適当にあしらうようになったが、、、。(まあ適度の自慢話は親子だといった関係からかいやおうなしに一方的に聞かされるが、、、、。)

自慢したいオヤジと自慢話をそんなに聞きたくない息子、どちらも困ったモンである。
(03月03日

<最近の雑感?>
PCという「何でもBOX」、これが無ければ近年の私の遊びは成り立たない。

もともとはこの釣りのページを作ってやろう、というのが最初の動機だったが、いつしか釣り以外の遊びのために活用する事が多くなった。

ある時期何故か観葉植物に狂ってしまった折には、「情報BOX」として、オーディオ関係やキャンプや自転車に狂い始めれば、「情報BOX」ばかりか、「買い物BOX」として、まあ世間でいえば釣りと同様に何故かマイナーな遊び(?)ばかりだが、とにかく実に有難い。

ところが、「何でもBOX」からのここ10年ほどの合計出費はもうどれほどのモノになっているのやらを考えると途端に破産してしまい、今後のびのびと遊べなくなるような気がするのでもう忘れる事にする。

あ〜あ!金も無いくせに隠れてこそこそと15年近くも一本ウン十万円もするアユ竿(定価は25万円前後がほとんどだったが、VIPだけは65万円もした)を、毎年それも二本ずつ買っていた時期を思い出してしまうが、、、、。(当時はダイワ精工もむちゃくちゃ羽振りが良かったからそのおこぼれがもしかして回ってきていたのかも?、振り返って今になってみれば、感謝!感謝!)

ーでまだ懲りもせず、現在夢中になっているのは、吐露したくはなかったんだが、ヤフーオクション。

またまた他人からみれば、しょうもないモノ(?)を相変わらず買い漁っている自分がいる。
昨年からの三ヶ月近くで、もう落札した品物は30個を超えてしまったが、家人には毎日ぶつぶつと言われ続けている毎日で、それでも本人はまだまだ探すのに血眼になっている最中である。

それが何か?といえば、それはナイショだけれども、ヒントはアンティークの類(骨董かもしれないし、ガラクタかもしれないし、種類はいろいろ)、それも今から50年から百年から二百年程前までの日本文化の香りがするモノ(?)−と書いておきましょう。

それが届けば百年以上も前のヨゴレを丹念に落として綺麗にしている、といった、まあ私もジジ臭い趣味(?)に没頭するようになったもんですが、、、、、、。

故に毎日PCに張り付いて、まだまだしばらくは家で入札を待ち構えていなければならない日々が続いているんですがー。
(ある程度手に入れて満足しつつあるので、もうまもなく飽きてしまうとは感じつつもー。)

それにしても世の中にはしぶとい奴が多くいるもんで、しょっちゅう値段を釣り上げられて、金のない私としては四苦八苦しながら望んでいるんですがねえ。
(03月02日

<最近の雑感?>
久し振りの更新をしつつふと気がついた事だが、自分のつまらぬ主張を表現するために、またバタバタしている合間の退屈な時間を過ごすために、こうやって更新を楽しんでいる自分がいる。

小学校時代には鼻水垂らしてミミズや田エビを捕りまくり、ナマズやギギー(ナマズの種類)やフナやハゼや小チヌを容赦なく釣り漁り、カエルを殺してはザリガニや手長エビ釣りの餌にし、カエルのケツの穴に爆竹を突っ込んで熾烈させたり、セミや弁慶ガニを見つけてはゴムチュウ鉄砲で撃ち落として即死させたり潰したり、くたくたになって夢中になって遊んでいる間に腹が減ってはイモやキューリや大根を手当たり次第に無断拝借しては食らい、、、、、、。

そんな開放的で残酷で、されども創造的な遊び(?)を経験させて貰った上に、この年になっても勝手気ままに、PCという「何でもBOX」で遊ばせて貰っている。あれやこれやとやりたい事に制限が多くなって遊び辛くなりつつある現在の状況の中で、これは実に私にとって有難い時間だ。

(03月01日
<最近の雑感?>
昔読んだ本に、「あなたに褒められたくて」 / 高倉健(集英社)、<第13回日本文芸大賞エッセイ賞受賞>、というのがあったが、その本の中の一節が急に気になって久し振りに探しに探したけれど、何故か見つけられない。(あれほど青春時代に憧れていた健さんの、大切な本だったのに、、、、。)<この本は、こちら、で購入可能。>

この本の題名『あなたに褒められたくて』の「あなた」というのは実は母親なんですが、その本の中の一節に、
“人が心で思う事は、誰にも止める事ができない。”、(うろ覚えなので正確でないかもしれない。)−と書いてあったこの一言は、以来私の頭の片隅から一時も離れる事がなかったし、今もまったくそのとおりだと思う今日この頃である。

こんな事を釣り師の奥さんは果たして理解してくれていたのかどうか?、ーそんな事を思いながらも当時は相変わらず釣りに狂いも狂っていた日々だった。

ところで、健さんの懐かしいCMが今もなお、こちら、で流れていますよ。(何をいまさら、かもしれないけれど、このYou Tube、このページのコンテンツの中には実にさまざまのジャンルに渡って素晴らしいものが数多くあり、最近はひんぱんにアクセスを繰り返している。)

そのCMの中での健さんの途中の一言、“力をためて、いつかズバッ!と行きたいですね。”、このフレーズ、今の私には格別に、“ズバッ!”ときますねえ。
(02月27日
<最近の雑感?>
最近家で居ることが多くなった。以前のように誰が何と言おうとも、これは自らの意志であり、どんな事があっても不思議と釣り場へ出かけようとか、出かけたい、とは思わないのだ。(いや家でいろいろとやらなければならない事があるからで、まあそれはいろいろとあって、それを現在は優先しているからに他ならないのだがー。)


だからかもしれないが、久々に最近はその合間の暇にまかせ、突然にこうやって更新に励み出したんだ、と思う。(少しの期間かもしれないが、、、、。)

ところがいつしか感じ始めたのだが、短期間にしろ家で引きこもってばかりだと、家人がうるさくてしょうがない。(まあ家人も忙しい人でほとんど家にいない事が多いが、、、。)

けれども居る時は大変で、自分の事は棚に上げ、とかく人の動向が気になるのは女性特有のおせっかいなのか?まあ現在の私にとっての抵抗勢力である事には間違いない。(具体的には、最近あるモノに夢中になっていて、それに対して文句をつけてくる、といった状態。)

けれども誰にしても文句や、へらず口や、よけいな事を言ってくれる人がいなくなれば、まあ刺激がなくなって寂しくなるかもしれないですねえ。

ーで、そんな事を感じながら、家人のそれとない監視の眼(?)をかい潜り絶え絶えの生活をしながらも、そういえば随分昔の話になるけれど、男女群島へ連れ立って釣行した私の釣り仲間の一人である養殖業者が、ふとしたきっかけから興味深い話を語ってくれた。

それは、“人間は常に天敵が必要なんじゃ。”、とー。

”ウナギのシラスをカナダから輸入する際、空輸で10時間ほどかかり、この間に稚魚はほとんど死んでしまって1〜2割しか残らない。ーが、同じ水槽にナマズ(シラスを餌にする)を入れておくと、8〜9割が生き残る。”、−たしかこんなような事を語ってくれた。

その時には、ウナギと人間は違うんだ、とはとても言えないし、そんな反論さえ思いつかないままに、妙に納得し驚いて聞き入った事を覚えている。

何が何でも生き残り、逞しく生きてゆくためには天敵がいなければダメなんだ、といった事は私の想像も及ばないところでの、実は自然界の常識(?)だったのかもしれないけれど、まあそんな話を聞かされた途端に、その時を境に、抵抗勢力(?)に対しての自分の対処方や気持ちの持ち方が今後は随分変わってゆくんだろうな、と思ったもんである。

敵なんぞは作らない方がいい、と教えてくれた人もいたけれど、それもそのとおりだと思うけれど、やはり他人はどうであれ、自分だけは逞しく生きてゆきたいと思う。そのためには、“人間は常に天敵が必要なんじゃ。”、これもやはり大切なんだろう、と改めてしみじみと感ずる今日この頃である。

ーで、余談だがあのシラスナマズを語ってくれたおっさんは、現在でもまだ懲りもせず男女群島通いを、なんとせっせせっせと一人っきりで通い続けているらしい。男女群島の、それもその時々でままにならないようなお目当ての魚が、彼にとっての天敵なのかもしれないが、、、、、。
(02月25日
<最近の雑感Y
最近つくづく感ずる事だが、物質的には豊かな時代(?)になったおかげか、私の知り合いのほとんどの人が、普段の生活の中で幸せだとか満足だとかを感じるための手段をいつしか100個も持ってしまった。(高望みからの不満を上げればキリが無いのでここでは無視。100個という数字も勿論いい加減な数。)

たとえばそれはしょうもない事かもしれないが、食べたいモノは何不自由なく食べてるし、飲みたい酒も自由に飲める、着たいモノも乗りたい車も、家庭では我がまま言いたい放題でも何とか許されている、優しい奥さんも可愛い子供も、良き友も周りに沢山いて、仕事にも恵まれ、金も十分とはいえないまでも必要最低限(?)だとしてもなんとかなっている。一見すると順風満帆だ。(不満を上げればキリが無いのでここでもとことんの贅沢や高望みの願望は無視。)

けれども不幸せな事を新たに1個でも持ってしまったなら、前者の100個はすべて打ち消されて、“ああなんて自分は不幸なんだ!”、などと思ってしまうこの人間の現実。

どんなに豊かになりすぎても、どんなに幸せになっていても、たとえば釣りですべての皆さんが爆釣、自分だけがノーフィッシュ。
こりゃあもうこんな不幸な事はない。“もうこの世の終わりだ!”、などといった感覚にさえ陥ってしまい、気分もすこぶる悪くなる。

こんな経験ない?、-----いやいや、あるでしょう!? きっと、必ず、絶対に、あるに違いない、ーと思うのですが、、、、?

その1個以外さえなかったならば、冷静に考えてみれば、極めて順調で、極めて機嫌よく、−−なんですが、不思議と人間なんてものの精神構造は案外理性なんてその1個のために残りの100個が瞬時にどこかに忘れ去られてられてしまうといった、実は非常に単純な構造で出来上がっているのかもしれないですねえ。

まあそういった時には悲観的になり、そこからまた新たなエネルギーを貰っているんだと考えれば、事は取り合えずは収まるんでしょうが、それに気付くまでにもしばらくの時間が必要なんですから、まあ考えてみれば面白くて不思議な生き物です。

もうどうにもならんぞ、クッソー!、などとその場では思っても、しばらくの時間が流れれば実は、どうにもならない、と思っていた事もいつしかどうにかなってゆくもの。
私なんぞはまだ飽きもせずにその繰り返しの人生を歩んでるんですから、あ〜あ、いったいいつになったら穏やかな生活(?)が送れる事やら。
ーといった事を感じながら今も生き続けているんですが、もしかしてこんな私は人一倍欲張りな人間なのかもしれないですねえ。
(02月23日)
<最近の雑感W>
この順番が読みやすいかもしれない、といった理由で流行のブログ形式のように更新順から書く事にします。
ただ更新してこうやって気ままに書き綴っていっても、ある日突然に以前の文章を残す事無くばっさりと跡形もなく消してしまう、これは私の最近のスタイルですのでご勘弁とご承知おきをー。

まあ過ぎ去った想いや記録も大切ですが、ここ数年の私自身はとにかく前へ、前へ、といった心境になっているのかもしれません。
過去なんて無理に断ち切らなくてもいいんでしょうが、どうも過去の呪縛がどうしても常にまとわり着いているために、たまには切ろうとするのもいいんじゃあないかと思った次第です。

ところがしばらくは切れないようなメールがまた届いてしまった。
ここ数年の私の自転車狂いのきっかけとなったDarina & Kurt(ダリナとカート)からのメールである。

体力の低下は嫌応う無しにやって来るため、現役の磯釣り師のこの私としては絶えず岩の上を軽快なステップで、などと自転車で下半身を強化するのが一番の目的だったはずが、どうやら彼女ら夫婦に更に釣られてしまうようになりそうで、釣り師が釣られる、まあ困ったもんです。

以前に少し彼女ら夫婦の事を書いたんですが、彼女らは南アメリカ大陸を自転車で、それも25,000kmの距離をー。
詳しくは、こちら、のHPをごらんください。(彼女らの通常の言語はドイツ語ですが、ページは英語です。)

昨年秋スイス在住の彼女らの家へ出向き、二週間ほど滞在させていただいた間には、ただただ驚くやら、呆れるやら、感嘆するやら、羨ましいやら、悔しいやら。
まあ持って生まれた国民性と環境と、さらには根本的なDNAといったものの決定的な違いはあるんでしょうが、あれだけ自然と共に楽しんで生き生きとした人生を送れるのはもう今の私にとっては、何故か遥かな憧れにも似た気持ちにさせられてしまう。

誰よりも自然に親しみ、魚釣り一本に熱中してきた(−と一人よがりで思っている。)私ですが、まあ何も自然と遊ぶのは釣りだけでは全くない、といった事は重々承知しているものの、彼女らの行動力、そりゃあスゴイもんがありますよォー。

自然相手に本気で真剣に遊ぶ事は釣りと同じで、時にはとてつもない工夫や忍耐や努力を必要とさせられます。苦しい事が楽しい、これが生きてゆくためのすべての基本だ、と彼女らから教えられているようで、まあ今はまだ寒い季節で引きこもり状態の私ですが、少し暖かくなれば、−とまたまた何かを企んで、土の中の虫のようにじっとその時を待ち望んで息を潜めている自分がいますねえ。

私めは、さしあたりは4月の五島列島のチヌ全国大会のお世話が終わった頃からスタートしようかと思っているんですが、さてさて、皆さんの目先の目標や計画はどうなんでしょうか?
(02月18日)
<最近の雑感V>

私が釣りに狂いも狂っていた頃のもう20年以上も前に知り合った釣り友達の今井さん(実は同じ同級生の年代だった)が、数年といっても5年ほど前にふとしたきっかけで私の家の小さな庭で奥様共々食事をする事になった。

その魂胆は?といえば、ただただ私が美味しいお酒を飲む時間を得るためだけに、当時はダッジオーブンでお手製のパンを焼き、シチューやスモーク料理に夢中になって、いろんな方々をご招待し、まあシェフとして皆さんの反応を窺い、“自分はこんなに皆さんと違った事ができるんだ!”、などといった変な自慢をそれとなく印象付けながら、まあ姑息な方法ですが、、、、。その中の一組が今井夫妻だったわけです。

その折に大層喜んでいただけた、とみえて、その時に彼はすぐさまダッチオーブンを買い求め、「今度はいつか必ずご招待しましょう。」なんて約束をしてくださった。
私なんぞはもうすっかり忘れていたんですが、先日その彼からいきなりの電話。「約束していた食事に来てください。」なんて突然何の前ブレもなしのお誘いで、まあ世の中には律儀な人間もいるもんだ、と驚くやら感心するやら、有難いやら、嬉しいやら。

ーで、当日私の家人と彼の家へ向かったんですが、彼と奥様は残念ながらお酒には全く無縁。仕方無しに私は自分だけで飲むためのワインを一本と心ばかりの手土産共々で、彼のお宅でご馳走になることに。

テーブルに着くと、「昨日友達から鹿の肉が手に入ったから。」、それが大きな動機の一つであったようで、さらには飛び切り上等な阿波牛まで用意してくれていた。
パンが並び、サラダが並び、彼が台所で鹿肉入りのシチューを作る。もう我々は”今井レストラン”の客であった。

まあ近年の私はアウトドア遊びからの影響なのか、結構料理を作る事が好きになっている。その前にもお手製の手料理で家人の女友達二名を御もてなししたばかりであるし、昨年のスイスの友人宅でも一日は自身で買出しに行き、何故か客人である私が夕食を作ってしまった。美味しいか不味いかは判らないが、まあ喜んで食べていただけるなんて嬉しいもんですよ。

話が少し脱線したけれど、正午に食事を始め、お互いの夫婦のとりとめもない話にいつしか時間が流れ、食事が終わったのはなんと午後7時30分過ぎである。
まあこれも釣りというきっかけが与えてくれた貴重なふれあいの時間だったのかもしれないですねえ。

今井さんは実は現在釣り船のキャプテンで、鳴門海峡周辺でメタル・鯛カブラジギング専用船を運営しています。
彼のHPは、こちら、ですので、ぜひご利用のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

(02月16日)
<最近の雑感U>
最近また音楽を特によく聞くようになったが、相変わらず青年時代からの、そうしてその後に継続して活動している人のモノが多い。

「人間の頭の構造がどういう具合に出来ているかは分からないけれど、多分音を入れるスペースには限りがあり、年の若い、ちょうど音楽に親しむ年頃に一ぺん或る音を入れるとすぐに一杯になってしまって、それ以後は新しい音楽の入るスペースがなくなってしまうんじゃないでしょうか。懐かしのメロディがあるのはそのせいで、みな若い頃に頭に入れた曲をもう一ぺん引っ張り出して懐かしがるんだと思います。」ーなんて 邱永漢さんはおっしゃっていた。
そういえば飲み屋でのカラオケで歌っている曲は、それぞれが年相応の曲で何故か歌っている人の年齢が判ってしまうから不思議ですねえ。

釣りも音楽と同じように、おそらくは幼児体験からの、あるいは青年時代の体験からの延長線上にある遊びなんだろう。
私の小さい頃は外での遊びしかなく、また仲間と群れだって遊ぶしかなかった。その中での一つの遊びが釣りだったから、やはり今でも外で遊ぶ事には異常な執着心があるようだ。

人間は年と共に進歩し続け、なんていう部分は間違いなくあるものの、こと自分の趣味や嗜好に関しては、好きだとかそうでない、なんていう本能的なモノは、実はある年頃の経験や体験から潜在的に宿っているモノとすれば、もうこれは理屈抜きでとことん楽しむしかないようですね。
(02月12日)
<最近の雑感T>
更新も久し振りで、友人の中には口の悪い奴がいて、「何処か調子が悪いだとか、怠けてばかりでけしからん!」−といったお叱りを受けながらも、本人はいたって元気で、絶えず何かに夢中になったり熱中したりして、相変わらずカツオと同じような進歩の無い(?)生活を送っております。<カツオは絶えず泳いでいないと酸欠状態でお陀仏になってしまうし、私なんぞは特にカツオと同じような生き物だと思っておりますがー。>

まあ何かに熱中すれば(取り合えずは笑われるといけないので現在夢中になっている事は、ナイショ、にしておきますがー。)それに夢中になりすぎてほかの事が全く手につかなくなる、といった悪い癖は相変わらずなんですがね。(こんな私の悪いビョーキは今に始まった事ではない、と開き直っておきますがー。)

ところで、つい最近ある雑誌の原稿依頼で、「----釣れない理由と対策」やら「釣れなかった失敗談」などなどで8,000字近くを書かせていただいた。
振り返ってみれば、もう30年近くも釣りに夢中になってきたために、そりゃあその間には書ききれないほどに一杯ありますわねえ。

釣りなんて失敗をしながら少しずつ経験を積んでゆく遊びなんだから、最初から旨くゆくなんてことは絵空事にしか過ぎない。
私にとっては「待ってました!」−といったテーマだったので、まあ一気に書き上げてしまった。

ああそうそう、私の所へはもう20年以上にもなるが、現在でも10社ほどの雑誌社から、ご丁寧にも毎月毎月それぞれの新月刊本を贈ってくださるが、最近は釣りのノウハウや技術的な指導書みたいなテーマが多かった内容から本来の娯楽雑誌の内容に戻りつつあるように感じている。
これも時代の流れなのかもしれないが、読者にとってタメになる、ばかりか共感や楽しさを感じて貰えるような内容に変化しつつあるのは必然的な結果ですかねえ。

取り合えず今後は雑感でもポチポチと、なんて今回の更新を期に思っているんですが、さてさてー。





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<なおご質問の内容に関しては、ご返事できない場合も多いので、悪しからず。>


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