2001年5月10日 「闘魂エッセイ 第1回」


<釣り具はどんどん良くなっているのに、それに反して魚はどんどん釣れなくなりました??>

チヌやグレ釣りに夢中になって、はやもう二十数年。
チヌ釣りのメッカであった徳島を代表する福村磯も、今やもう往年の賑わいが見られなくなりました。
グレに至ってはマキエに、湧き上がり、乱舞する、といった光景もほとんど見られなくなった昨今ですが、そんな事はともかくも、釣り人にとっては自分が出かけて行った釣り場で魚がコンスタントに釣れさえすれば何の問題もありません。

一昔前には、たまにボーズを食らうことはあっても、何度か出かけている内にはクーラーは満タン、といった事もしばしばでした。

あれから二十数年の間、足繁く釣り場へ出かけ続けている私でさえ、どうも釣り具の進化と相反するような釣況がここ何年かの間続いているような気がしてならないのです。

折しも釣り具業界は不景気の真っ只中。
成熟社会がもたらしたバブルの崩壊ばかりじゃあなく、そのうねりはとうとうレジャー産業である釣り具業界にも及んできました。
魚釣りは魚が釣れないと賑わいはありえない、という現実を目のあたりにしています。

大きな要因として考えられるのは、たぶん全体の潮の変化なのでしょうが、こればっかりは自然まかせでなすすべがありません。

釣り具がどんどん進化し、そればかりか情報の伝達速度やその量も驚くほどに増えれば、もう釣り人にとっては “鬼に金棒” の筈なのですが、それに反して、全体の釣果といったら以前とは比べものにならないくらいに減速しているのは、いったいどう説明したらよいのでしょう?

もしかして魚釣りの世界でも大きなウネリが押し寄せてきて、しばらくは大多数の釣り人の “ガマンの時代” となったのかもしれませんが、まあこれは私のように古い良き時代の記憶と比較してモノを考える人間の特徴であって、最近釣りに熱中し始めた人からすればこれが普通なのでしょう。

ただ、私も釣りを続けている間は当然ながら現役です。
明日の釣り、明日の海を釣ろうとしているのは皆さんと同じ立場なのです。

けれども、長年釣りを行ってきた経験と体験だけは皆さんよりもより多く持っています。
魚釣りは魚との出会いを求める遊びです。魚と出会えなければ、その面白さやその楽しさは半減してしまいます。

そこで今までよりもより多くの魚と出会うためにはいったいどうすればよいのか、といった発想を自分自身に迫られることになりました。

そのためにまずは、それまで自分自身が持っていた釣りの常識をまずは変えなければならないんだ、という事を最近しみじみと感じ始めました。

この続きは2回以降でー。


【このページは第1回です】