2001年5月17日 「闘魂エッセイ 第6回」


<人との出会いからチャンスは生まれ、魚と出会えるのです。>

今からもう十七〜八年前の事でした。
当時は少しのお金と大きな野望を持っていた私がひょんなきっかけからグレ釣りに眼を向けたのは、長崎県男女群島の釣り場でした。

当時はマキエをすれば、それこそグレが海面まで沸き上がる状態で、持参した大型クーラー(180リットルというバカでかい物)は釣行のたびに満パイになった時代です。

もちろん磯際には60cmオーバーの大きな茶グレ(今はもう姿を消してしまいました。)も泳いでいました。

十年ほどの間に20回以上通い、その間に尾長釣りを覚え、多くの皆さんが目標変更をしたように、私も最終的には “大きな価値ある一匹” を狙った釣行へと変わってゆきます。
当初は3s、60cmオーバーの目標がいとも簡単(?)に達成されると、今度は3.5sオーバー。

釣り場がグレの豊饒の海だったことも手伝ってか、3.5sオーバーのグレと出会うのもそんなに難しくない時代だったのです。

1988年には3.85sが釣れ、それじゃあ、とばかりに、今度は4sオーバーへと釣り人の目標や欲望はどんどんエスカレートしてしまいます。
以来、いくら通っても4sオーバーのグレには出会えません。

男女群島で駄目なら伊豆諸島があります。伊豆で駄目なら鹿児島県の南西諸島です。

私はダイワのテスターという一般の皆さんから見れば非常に恵まれた立場ですので、当時からプライベート以外の釣りでも、大物の釣り場へ出かけるチャンスは数多くあったのです。

けれどもそれらのチャンスばかりか、ほんとうに必死(?)になって自分のふところから釣行費用を捻出し、自分なりに何かに憑かれたように、随分挑戦し続けたものでした。

自分の意志で、自分の力で何とかするんだ、といった、当時はそんな気持ちばかりが先行している、相当勝手な釣り師だったようです。

ところが1992年初秋の事です。九州の「釣り春秋」という雑誌社の取材で鹿児島県の甑島へ出かけ、それまで夢にまで見ていた4sオーバーの4.25sというグレといとも簡単に出会ってしまったのです。

その時始めて、“釣れたグレは、実は釣らせて貰ったグレだったんだ。”という事にようやく気が付いたのです。
自分の意志とは裏腹に、福見さん(釣り春秋の専務)や高野さん(熊本葦北の高野釣り具店の社長)のお膳立てがなければとても自分の目標としていた魚には出会えなかったのです。

以来、それまで数多くの釣行を重ね、数多くの魚と出会える事ができたのも、もしかして多くの釣友や多くの釣り関係者のお蔭ではなかったのかと考えるようになりました。

釣りの世界でも、結局は人との出会いが魚を釣らせてくれるための重要なキーワードだったのですね。


【このページは第6回です】