2001年5月19日 「闘魂エッセイ 第8回」


<釣運の良い人と悪い人、どんどん上達する人とそうでない人>


世の中には神様のみぞ知る、という事が数多くあります。

生まれつき走るのが速い人、運動神経の発達している人、声の良い人、文才のある人、などなどと持って生まれたその人の特性はさまざまです。

いくら努力を重ねても、ある特定の分野では、その特定のセンスという言葉に見放された人にとっては、チャンスの少ないのが世の常なのですが、こればっかりはどうにも理屈では説明のつかない事実なんでしょう。

人つき合いのセンスの良い人、商才にたけた人、などがいるように、人には必ずそれぞれに、また公平に、何か光り輝くセンスが与えられているには違いないのですが、こと釣りに関しても、どんどん上手になろうとしたなら、残念ながら釣りのセンスは非常に重要な要因となってしまいます。

ただし釣りの場合は、各人がそれぞれの価値観の中で、それぞれ自由に楽しむ遊びであるために、一般的にはセンスなどというのはそれほど大きな価値を持つものではありません。

けれども何故かセンス以外に、釣りの世界でもご他聞に漏れず、釣運の良い人とそうでない人がいるようです。

上手かそうでないかは別問題としても、何の世界であれ、運の強い人とそうでない人がいるのはいったいどう説明すればよいかわからないのですが、長年釣りをしていると、何故か不思議とそう感じてしまいます。

釣行のほとんどが日和に見放される人、 “あの人と同行すればロクな事がない。” なんて言われる人もいるようで、さらには相性なども時として不思議な力を持っているようです。

釣りをより楽しみたいのだったら、さらには釣りを通じてより良い人生を求めようとしているのなら、まずは釣運の良い人との出会いが先決です。(これは人間社会での人生を生きる知恵にも通じるのでしょうが、、、。)

ーと同時に、どんどん上手になる人も見逃す手はありません。

釣運の良い人と悪い人、どんどん上達する人とそうでない人、さてさてあなたはいったいどんな人と釣行を重ねているんでしょうか? それともこれからどんな人と釣行を重ねようとしているんでしょうか?


【このページは第8回です】