2001年5月21日 「闘魂エッセイ 第10回」


<釣りの一番の邪魔物は、自分自身の持っている固定観念です。>


人間がそれぞれに持っている固定観念といったものは、その時代の大多数の価値観の中から培われ、さらには自分自身の経験や体験から徐々に形造られたものなのでしょうが、その固定観念も昨今のインフレからデフレへと時代が大きな急カーブをおこない、いつしか自分自身の周囲の環境が急激な変化をみせるにつれて、必然的に大きな修正を余儀なくされるようになりました。

今までどうり(?)の商売で撤退したリョービやマミヤOP、さらにはそのほかの釣り具業界業界でもご多分に漏れず大規模なリストラが行われているのは周知の現実であり、それは企業のそれまでの固定観念の変化以外の何ものでもありません。

企業が変われば、当然ながら個人の意識も変わってしまいます。
時代の大きな潮変わりの時には、それまでの固定観念といったものがいかに危ういかを示している例だと捉えているのですが、形は違えど釣りの世界でも実は同じ事が起りつつあるようです。

昨年まではこの時期の、この釣り場で、このようにすれば確実に釣れた、などど自分本位で釣りを組み立てたとしても、なかなか以前のように旨くはゆかない事が多くなってきました。

にも関わらず、マキエはいつも以前に釣った時のリズムで撒き、仕掛けも以前釣ったことのある自信満々の仕掛けを疑いもせず、狙うポイントも釣ったような経験のある潮や場所を狙って、一日黙々と頑張る釣り人のなんと多いことでしょう。(ああ!もったいない、と私はいつも思っているのですが、、、。)

例えば、磯際近くばかりで釣っている人は、どこへ行っても磯際近くが一番魚が釣り易い場所だと自信を持ち、ーと同時に信じ込んでいます。

もちろん磯際周辺も狙いポイントの一つではあるのですが、それ以外にもポイントはたくさんある筈なのです。
なぜなら、時間の経過や潮の変化と共に魚も動いているのが常なのですから。

ところが人間の過去の体験や経験から培われた固定観念というものは、悲しいかな、余程のきっかけや環境の変化がない限り、そうそう簡単に、一朝一夕には変えられないものなのです。

たとえは少し悪いかもしれませんが、これはもうある種の宗教みたいなもので、本人の信じ込みの度合いが強ければ強いほど、また本人が自信を持てば持つほど、自分自身の固定観念を変えるのは難しくなってしまいます。

釣りには自然や魚に合わせて釣りを組み立てる、という基本の大原則があります。

自分の立たされた状況をきちんと把握しようともせず、自分自身の持っているそれまでの固定観念を武器に何とか魚と勝負しようとする、それももちろん個人の勝手です。

けれども、釣りの世界も、さらには釣り人にとっても、大きな潮の変わり目、という試練を向かえました。

どうやら自分自身の持っている固定観念が、釣りの一番の邪魔物だと、そのうちに嫌がおうにも気付かされる時代がやって来たようです。


【このページは第10回です】