2001年5月23日 「闘魂エッセイ 第12回」


<誰だって、大きくて強い魚に憧れます。>


瀬戸内海では、五月の連休明けから6月にかけては、チヌ一色の季節です。
複雑なリアス式の海岸は、まさにチヌにとっては格好の棲み家。
この時期は多くのチヌが、それこそいっせいに浅場目指して産卵のために集まってくるのです。

複雑に、時には本流をも圧倒するような激流が流れ、潮位差は潮によって、また場所によっては、4m前後にも達します。そんな場所でのチヌ釣りには、ある種の迫力と、驚きを感じてしまいます。

今年は変な年回りなのか、それまでの確実な釣果がもたらされていた場所でも、何故かコンスタントな釣果が上がらなくなりましたが、それでもチヌ釣りファンにとっては今なお釣り易く、一番賑わいを見せている季節です。

ところが釣り人というのは変な選択感を持っていて、グレ釣りにどっぷりと漬かっている人からすれば、 “チヌ釣りなんて。” などと言ってあまり興味を示さない人が多いようです。

同じフカセ釣りのゲーム性から考えても、その面白さやその楽しさは同じはずなのですが、何故か “グレ釣り党” と自称している人にとっては、相変わらず変なこだわりを持っている人が多いのです。

もう15年以上も前になるのですが、かつて多くの磯で、ヒラマサが釣れ盛った時代がありました。
それは残念ながら、僅か二年ほどの期間だったのですが、超爆発的な賑わいを見せ、上物師と呼ばれるほとんどの釣り人を、心底夢中にした、という出来事がありました。

グレ釣りの面白さを覚え、グレ釣りにどっぷりとはまり、 “魚はグレ釣りが一番で、それ以外の魚なんて全く興味がない。” などと言っていた連中が、この時ばかりはそれまでの自分自身の釣り哲学をすべて投げ捨てて、ヒラマサ釣りに没頭した、という事実。

かく言う私もその内の一人だったのですが、ハリスは14号、ヒラマサ狙いに時折間違って40cmオーバーのグレなんて釣れても、全く心を惹かれる事なく、即座に海へお帰りを願っていました。

これは実は、多くの釣り人にとっては仕方のない “習性” なのでしょう。

ーと同時に、釣り人の想い込みや、信念などというものは、実は本人が感じているほどにはそんなに強く、また根深いものでもなく、結局は、非常にたわいもない事だ、ということなのでしょう。(あれれ! もしかして非情に失礼な事を書いてしまったかも、、、?)

グレ釣りにおいても、ひとたび尾長グレ釣りの面白さを覚えれば、それまであんなに夢中になって狂っていた口太グレを、表現は極端かもしれませんが、何故か途端に “馬鹿に(?)” してしまいます。

釣り人は誰だって、強くて、大きくて、釣り味がスリリングで、食べても美味しい魚に出会ったなら、それに文句無しに一発で惚れ込んでしまいます。

これは釣り人のすべてが持ち合わせている、いわば “性” なのでしょう。

ところで、 “チヌ釣りなんて” 、などと言ってグレ釣りばかりに夢中になっているあなた、あなたの持っている信念なんてそうそう大きな問題ではないはずです。

今一度、自分の持っている釣りの狭い(?)固定観念を捨てて、とりあえずは動き出して、いろんな釣りに挑戦してみたらいかがでしょう?

釣りはどんな魚を釣りに出かけても、まずは釣れなければ楽しくありません。
釣れれば理屈なしに楽しくなるのです。

目標を突拍子もなく大きく持つのも良いかもしれません。
こだわり続けてその見返りもないままに、夢ばかり追い続けるのも素晴らしい事かもしれません。

けれども釣りから得られる楽しみの一つは、まずは “釣れた、という事実によっての感動” からスタートしているのですから。

いっぺん狭い固定観念を捨てて、まずは釣れる確率の高い魚を、釣れる時期に、釣れている場所へ、とりあえずは釣りに出かけようとする事も、長く釣りを楽しむための必要条件だと思われるのですが、いったいいかがなものでしょう?


【このページは第12回です】