2001年5月30日 「闘魂エッセイ 第19回」


<バラした悔しさは、次の釣りへの情熱に変わります。(その1)>


魚釣りをしていると、楽しい事や嬉しい事、感動する事、などなどが随分と多いものです。

ところが順調に釣りが進んでいるかに思える時に限って不意に、突然の強い衝撃に襲われて、こちらの意志に逆らうように、仕掛けはアッという暇もなく、プッツンで 、“ハイ、さようなら!”。

ー、???、釣り人にとってのその瞬間は、いったい何が起ったのか理解も整理もできず、しばらくは呆然と立ちつくし、その瞬間の出来事に余韻を残している間に、未だ見ぬ魚はあたかも釣り人を力でねじ伏せたかのようにして、悠然(?)と、あるいは一目散に、大海の彼方へ消えてゆきます。

お隣りに同行している釣り人がいれば、何故か即座に訴えかけるかのように、振り返り、その瞬間の出来事に対しての理解を求めようとする人も多いようで、そんな時には決まって、 “ーん???”、 ーといった表情から始まり、その後には、 “今のはちょっと油断をしていただけだ!”、 などと言い訳がましい事を言い、もうしばらくすれば、 “もう今の魚は手に負えないほど大きかった。”、 などなどと時間が経つにつれ、釣り人の気持ちは徐々に変化してゆくから面白いものです。

またある時などは、 “今のは大きかった。”、 と興奮覚めやらぬその瞬間には、まるで バラシたその魚が、 “地球よりも大きい魚だった” 、 かのような、極めて極端な錯覚に陥る人もいるようで、バラシた魚はそれが未だ見ぬ魚故に、時には釣り人を “大嘘つき” にさせてくれるようです。

ーが一方では、 バラシこそが釣り人にある種の大きな夢を与えてくれている、釣りからの、 “大きな贈り物” 、 なのかもしれませんがー。

自分の仕掛けが自分の意志とは裏腹に、それもいきなりのプッチン、なんていう経験を、味わいたくはさらさらないにも関わらず、いきなりの予期せぬ体験には、釣り人も突然狂った磁石がクルクル回り始めるように、心底戸惑ってしまうのでしょう。


この続きは明日へー。


【このページは第19回です】