2001年5月31日 「闘魂エッセイ 第20回」


<バラした悔しさは、次の釣りへの情熱に変わります。(その2)>


たかが魚釣り(?)で、さらには自分ではなく魚のせい(?)で、心の動揺なんぞはまったく味わいたくはないのですが、それでも突然の予期せぬバラシの現実、こればっかりは魚釣りから生じる宿命のようなもので、釣り人にとっては防ぎようのない事なのかもしれません。

バラシよさらば、などとはとはいってみても、向こうの方から勝手に釣り人の背後霊となってくっつきたがるのですから、−ったく嫌な友達に見込まれたものです。

ーで結果として、バラシの総括はー、といえば、

バラシは釣り人を、興奮させてしまいます。
バラシは釣り人を、落胆させてしまいます。

バラシは、魚を獲り損なった釣り人に、後悔を与えます。
バラシは、魚を獲り損なった釣り人に、反省を促します。

バラシは、魚を獲り損なった釣り人の、欲さ加減を教えます。

バラシは釣り人に、釣りの楽しさを教えます。
バラシは釣り人に、釣りの工夫の大切さを教えます。
バラシは釣り人に、魚の持つ力の偉大さを、味合わせてくれます。
バラシは釣り人に、魚の持つ力の恐怖感を、少し味合わせてくれます。

バラシは釣り人に、釣りでのウサ晴らしなどさせてはくれません。

バラシは釣り人に、夢と感動を与えてくれます。
バラシは釣り人に、次の目標を与えてくれます。
バラシは釣り人に、釣りの奥深さを教えてくれます。
バラシは釣り人に、次の目標がまだまだ遠い事も教えてくれます。
バラシは釣り人に、もう一回勝負するか、と言ってくれているようです。
バラシは釣り人に、また出直して来い、と言ってくれているようです。

ーで結局は、バラした悔しさを胸の奥に仕舞い込み、また出直して来い、と言われなくても懲りもせず、再び出撃してゆくところをみれば、バラシはどうやら、釣り人にとっての次の釣りへの情熱へと変わているようですね。

ところで、ああ!バラシは嫌だ!! 、なんて、私もこんなに嬉しそうに言ってていいんでしょうか?
つい先日の釣行では、何度も、何度も、 “バラシた悔しさ”、というものを、経験してきたばかりで、まだ頭の中はその余韻で湯気がもうもうと立っている、というのにー。


【このページは第20回です】