2001年6月01日 「闘魂エッセイ 第21回」


<集中力は一回一時間が限度です。>


何を思い立ったのか、人間にはふと、“今日はとことん頑張るぞォー!” などと、普段の自分からは考えられないほど、一念発起する時があります。

それまで自分の心の中で悶々としていた事が解決した時、ある時には漠然と探していた目標が何かのきっかけでふと見つかったとき、またある時には、自分のするべき事、自分の成すべき事が見つかった時、それとも継続して続けてきた事がいよいよ最終段階に近づいた時、などなどの場合には、何故かそれこそ途端にそれまでの自分からは想像もできないような力が湧いてきて、たちまちすぐさま行動に移そうとするようです。

“思い立ったが吉日”、などどいうのは、言い得て妙な言葉です。

ところで、釣り人には割り合いタフな人が多く (そりゃあそうでしょう。自分の意志で、自分の好きな事に熱中しているのですから、そのエネルギーの持つ力や、持続力の継続が、さらには体力においてもタフなのは当たり前なのですが、、、。)、ひとたび釣り場へ出かけたなら、釣れる、釣れない、に関わらず、朝から晩まで懸命になって黙々と頑張っている人の何と多い事でしょう。

ーったく、いつも一念発起しているのですから。

たくさん釣れた以前の釣りを思い出して、今日もまたー、などと思って頑張っているのでしょうか?
それともまったく釣れない状況を何とか脱しようと、懸命になって孤軍奮闘しているのでしょうか?
釣れても釣れなくても、そんな事には関係なしに、一人釣りの恍惚の世界に入ってしまい、とにかくガムシャラに頑張るタイプ、といった人もいるようです。

個人個人の釣りの考え方や楽しみ方は、それぞれです。
当然ながら釣りの価値観も、それぞれに異なります。

釣りは自由な遊びですから、それぞれがそれぞれの方法で楽しめばよいのです。
ーが、釣りを今までよりももっともっと効率の良い、さらにはもっともっと楽しめる釣りを目指そうとしているのなら、今一度考え直してみる事柄が、実は物凄くたくさんある、と思えるのです。

そのひとつに、人間の集中力や緊張感の持続性があげられます。
いくら頑張ろうと思っても、頭で考えているほどには気力や集中力といったものは、そんなに長続きはしないものです。

まずは朝の時合い、次に潮変わりの満潮前後、さらには潮全体が動き始めた瞬間から、などなど、魚の釣れそうな時間帯は限られてしまう場合がほとんどです。

いくら釣り師がタフだといっても、集中力や緊張感の持続性は一日中はとても保てません。
八時間の釣りなら、磯釣りの場合だと、時合いが訪れるのはそれこそせいぜいが、二度か三度もあれば良いほうです。

そうすれば、本当に夢中になって集中しなければならない時間は当然ながら限られてきます。

長年釣りを続けて来た私自身が判断しても、釣りの集中力の持続性は、せいぜい一回一時間くらいが限度、だと感じています。

メリハリのある時間の使い方は、魚と出逢える確率をより高め、それまでの釣りよりも、より釣りをより効率よく、そうして楽しくさせてくれます。

こちらでとことん頑張れる、とことん集中して魚とコミュニケーションをとれる、いわば釣り人すべてに公平にあたえられている、“限られたゴールデンタイム” といったものをいつ使うのかは、釣り人である、あなた自身の判断に任されているのですが、そんな事を考えもせず、いつもいつも一念発起?、そりゃあとても無理、というものですよ。


【このページは第21回です】